
みっつー
@32CH_books
2026年2月17日

本をすすめる
近藤康太郎
読み終わった
人になにかを薦めようと思ったことがなかった。
誰からも理解されない、と思っていたわけじゃない。
誰かに理解して貰える言葉が、私にはないと、そう思っていた。
『本をすすめる』というタイトルが目についたのはやはり、自信のない自分への後ろめたさが働いていたのかもしれない。
好きなアニメ、好きなゲーム、好きな小説、好きなテレビ番組、たくさんあるけれど、人にその良さを伝えようとするとうまく言葉にすることができなくなってしまう。
自分にはいくらしつこくしてもいいんですよ。粘着してかまわない。「なんでこの本をいいと思っちゃったんだろう」という疑問を、掘り下げる。みんな、あっさりしすぎてると思う。
近藤康太郎『本をすすめる』p.43
そうか、私は、私自信の「好き」という気持ちを掘り下げず、置いてけぼりにしていたのだ。
小学生・中学生の頃はアニメ(特に深夜アニメ)を見ていると「オタク」と形容されることが、まるで恥ずべき存在のような扱いを受けることがあった。
今でこそオタクはポジティブな意味合いで捉えられることが増えてきた。
オタクといえば作品・アイドルについての専門的知識を豊富に蓄えている人物であり、「推し活」という言葉が出てきてからはオタクは立派な趣味を持っている人であり、公演グッズを大量に購入すれば社会的にはちゃんと経済を回している人にだってなれる。
しかし、以前は影で「あいつオタクらしいよ」「オタクってキモいよね」なんて囁かれていた時代もあったのだ。
とにかく陰口を言われないように、自分の想いに蓋をして、言葉にせず生きてきたためか、気づけば、自分の気持ちを言葉にするのが苦手になっていた。
まぁ、他にも思い返せばいくらでも原因はあるだろうし、シンプルに努力不足ともいえる。
そのツケが今、回ってきた、ただそれだけだ。
ツケが回ったきたのなら仕方がない。
勉強あるのみである。
なにかをかっこいいと思うセンスがすごく大事。かっこいいと思うことに、あまり理由ってない。
近藤康太郎『本をすすめる』 p.131
『龍が如く』のようなハードボイルドな内容のゲームをしていると、男たちの信念、野望、生き様がコントローラーを通して、目と耳を通して直に伝わってくる。
なぜ、今までそのかっこいいを、記録したり、記憶してこなかったのだろうか。
この時点で怠惰である、終いじゃ終い。
その時その時で、ブワァっと鳥肌が立つような瞬間に立ち会えているのに、どうも、私は、私の感覚を蔑ろにしてしまいがちである。
ロックバンドのRADWIMPSが『愛にできることはまだあるかい』でこう歌っている。
何もない僕たちに なぜ夢を見させたか
終わりある人生に なぜ希望を持たせたか
なぜこの手をすり抜ける ものばかり与えたか
それでもなおしがみつく 僕らは醜いかい
それとも、きれいかい
RADWIMPS『愛にできることはまだあるかい』
私たちが目標に向かって立ち上がるとき、ままならない現実が次から次へと押し寄せてくる。
やりたいこと、好きなこと、諦めたくないこと、愛していること。
呑まれて消えてしまいそうな想いを強くその手に握りしめて、抗い、しがみつく。
本をすすめる、という話からかなり飛躍してしまったように感じるけれど、人に愛を伝えるということは、これだけ、自分の中に壮大な物語を紡ぎ出すことなのではないかと、この本を読んで、そう感じた。
残り数ページ、私の頭の中は「書きたい」という熱でいっぱいになっていた。
※noteで書いたので引用部分が分かりづらくなってます🙇♂️




