
ぴぐ
@pgmn
2026年2月7日
エクソフォニー
多和田葉子
読み終わった
↓目からウロコの考え方だった
ー現代では、一人の人間というのは、複数の言語がお互いに変形を強いながら共存している場所であり、その共存と歪みそのものを無くそうとすることには意味がない。むしろ、なまりそのものの結果を追求していくことが文学創造にとって意味を持ちはじめるかもしれない。(p.90)
最後の方で多和田さんがドイツ語で日記をつけることを勧めている箇所があったが、自分も以前、韓国語で日記をつけていた時期があったことを思い出した。文法や綴りが間違っている箇所は多量にあっただろうし到底見返せたものではないが、日本語だとどうにも恥ずかしかったり正直に書けなかったりすることも、不思議なことに韓国語だと文字にすることができる経験がそういえば自分にもあったなあ。


