小夜 "ベージュ" 2026年10月20日

小夜
@snowdrop_0
2026年10月20日
ベージュ
ベージュ
谷川俊太郎
2026年2月購入。 そこから春先まで、合間合間に読んでいたけれども、バタバタしていて積読に。 10月中旬ごろ読了。 谷川俊太郎さんの作品は、失礼ながら今まで通ったことがなく、テレビで特集を組んでいたものを見て買ってみることに。 米寿の記念で刊行されたもの。 米寿とベージュをかけている。 著者の作品の中では、最近のものが記載されているという認識で、読んでいたものの、2月時点の私には、日常の描写と、現在進行形で世界で起きる戦争への描写と、昨今のsnsの良くない部分への描写、著者個人の詩人としての悩みが混ざる文章に、"耐性"のようなものがなく、詩を読みながら、ぐるぐるぐるぐると思考を巡らせては、んー、と悩んだりしていた。 時が経って10月の私は、この詩集を読む中で、2月の私よりも、今の世界情勢や自分が住む国の政治に関心(というか、監視?)せざる負えず、生活と政治をべっこにしていた考えから、恥ずかしながら、2つは密接に繋がっていると実感する考え方に変わった自分を感じた。 他の方の詩集に興味があり、購入してみようか、書店でぱらっと開いてみたときは、共感できるもの、わからないもの、共感性羞恥が出てきてしまうものがあり、自分に詩集は合わないかなぁと考えていたのだが、 この著者の詩は、不思議とどれも受け入れられる。共感しても、しなくても。 それは文章の言葉が、過不足ないからなのだろうと思った。シンプルと複雑のちょうど間のような文章。描写が1行1行で変わったりするのに、嫌な混沌ではない。マーブル模様ではなく、ストライプ柄。 まだこの本しか読んだことがないのに、なるほど、だからこの著者の作品は広く人々に愛され読まれているのやもと感じた。 後半の詩を読んで、何だか泣きたくなるような感覚を覚え、読んでいた場所が喫茶店だったので堪えていたのだが、 最後の解説で斉藤壮馬さんが述べていた "無性にないてしまいそうになる。けれどそれは、哀しいからではない。たぶんそうなんだろうと、言葉ではなく、感覚でわかってしまうから。"という文章で、 この涙ぐむ感情は、単に秋の季節でセンチメンタルになったわけではないと、安堵した。
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