綾鷹
@ayataka
2026年2月18日
感情労働の未来
恩蔵絢子
AI時代、人間が持つ最大の能力は、感情になる! 感情を抑圧し“他者にあわせる”ストレスフルな現代から、“他者を理解する”感情的知性の未来へ。人間の可能性に話題の脳科学者が迫る。
AIが人間の代わりにできることが増えたことで、重視されるもの(IQ→EQ)が変わってきている。
コロナで不必要なものを排除する動きが加速したが、排除したことによる新たなストレスも見つかってきている。
不確かさを認識することの大切さを感じると共に、不確かであるからこそ今まで重視されず見落とされてきたものが重視されていく点には希望を感じた。
◾️感情とは何か
・感情とは「正解がわかる前に、体を動かす力」「正解がなくとも、意思決定する力」(日常生活から、道徳的な意思決定に至るまで)だ。感情は、新しい物事の到来を自分に知らせるものであると同時に、自分の価値判断であり、世界に対する今の自分の解釈を表すものでもある。
・感情の特徴
1 感情は初めての時に一番動く
2 感情が動いたことは強く記憶される
3感情は速い(そして感情は変わっていくものである)
4感情は個人差・文化差がある
・世界の不確実性(ほとんどのことに正解がない)に適応するために感情は進化してきた。ある状況に対してみんなが同じ反応を示したら、その反応が結局良くないものであった場合、人類自体が滅びてしまうかもしれず、それぞれが別々の反応をすることが、人類の生き延びる戦略となっており、だからこそ個人差や文化差が大事。
・これまで、今何をすべきで、何をすべきでないかという「道徳的」判断は、感情ではなく、人間の理性が司ると考えられてきた。しかし、理性的能力、すなわち言語能力や記憶力という知的能力が残っていても、他者に対して適切に振る舞うことはできなかったのである。ゲージ氏は、道徳の源は感情であり、感情がなければ、人間は道徳的には振る舞えないという可能性を示唆した。また道徳的判断だけではなくて、「次は何をしようか」という日常の小さな意思決定も、苦手になっていた。感情、すなわち、身体の反応が、私たちの意思決定には必要なのではないか、この仮説をアメリカの神経科学者アントニオ・ダマシオらは、「ソーマティック・マーカー仮説」と名づけている。日常的な意思決定から、道徳などの高尚に見える意思決定に至るまで、感情が重要な役割を果たしていると考えられるのである。
◾️感情労働とは
・「感情労働」は企業イメージのために個人の感情の動かし方が企業の規則で決められること、個人の感情が商品化され搾取されることから始まった。(客室乗務員、金の取立て)
・ホックシールドは、「どういうふうに感じるか」「何を表出するか」ということを管理されてしまうと、自分の感情のどこからどこまでが企業のもので、どこからどこまでが自分のものなのかがわからなくなってしまうという問題があると言うのだ。そうやって個人の感情が企業に搾取されていることを指摘する言葉が、「感情労働」という言葉なのだ。
・感情労働を求められる職業に共通する三つの特徴
(1) 対面あるいは声による顧客との接触が不可である。
(2)他人の中に何らかの感情変化ー感謝の念や恐怖心等ーを起こさせなければならない。
(3)雇用者は、研修や管理体制を通じて労働者の感情活動をある程度支配する。
・自分の知らぬところで動いている感情の影響は大きいが、それを抑え、修正し、感情労働をすることは可能である。そして燃え尽き症候群とは、感情を動かすのは力のいることであり、感情自体も限られた資源である、ということなのだ。
・感情労働の手段は「表層演技(surface acting)」(脳科学では「感情の抑制(emotional suppression)」と呼ばれる)と「深層演技(deep acting)」(脳科学では「認知的再評価(cognitive reappraisal)」と呼ばれる)の二つある。この手段で感情をコントロールすることは可能だが、身体が休みなく無限に動かせるわけではないのと同じように、感情を動かすにも限界がある。感情を自分のものか、企業のものかわからなくなるほどに使いすぎてしまえば、これ以上の感情的消耗を避ける必要が生まれ、感情がこれ以上動かせなくなり、他人の気持ちがどうでも良くなり人間扱いできなくなったり、自分に対してもそうなって、休日になっても「自分」という感覚が戻らなかったり、自分の価値がわからなくなってしまったりするのである。
・脳には、無意識のうちに企業や他者に合わせるような仕組みもあることがわかっている。知らず知らずやっている感情の書き換えがあり、その一つは「認知的不協和(cognitive dissonance)」という現象。もう一つ、脳には無意識のうちに上司やリーダーに合わせるような仕組みもある。(前頭葉を人に明け渡してしまうことは、危険。それは依存関係になるということであり、人を利用し、人に自分が利用されるということも起こり得る。そして自分自身が決定して、その行動の結果の責任を取ることができないために、成功の喜びを感じたり、失敗の痛みを感じて学んだりすることもできなくなってしまう。)
・仕事場でなく、家庭の中や、友人同士という私的な領域で行われる、相手の気持ちを考えて行動することを「感情作業」と呼ばれているが、脳から見ると、その方法自体や脳に起こり得る結果は同じ。
◾️脳はどのようにして人の心を理解するのか
・「人間らしさ」の一つの定義は、人間に独特な意識や、自意識、他者意識を持ち、自分とは違う他者のことを思いやって行動できることである。しかし他者を思いやるというのは、自分を消して他者に合わせるという意味ではなく、自分の気持ちも他者の気持ちも大事にし、自分の感じていることを伝え合い、交渉し、時にはぶつかったり、嫌な気持ちになったり、させたりしながら、その責任を取り、調和して暮らせるようになることだ。
・第一印象で思ったことを言うのにはあまり苦労はいらないのだ。言わないでいること、言い方を考えることには努力を要し、認知的な負荷がかかる。すなわち人の気持ちを考えて、自分の感情を表出する、というのは、感情と高次認知機能の共同作業であり、それが、感情労働の基本的な仕組みなのである。また感情労働に関し、ここで言えるのは、認知的負荷がかかっている時、感情抑制はしにくいということだ。仕事が忙しすぎたり、悩みがあったりすると、人に優しくすることはできない。自分に負荷がかかりすぎている時は、人よりもむしろ自分のほうが大切にされるべきだと感じて、自分の要求ばかりを人に伝えてしまうこともある。自分で持てる以上の荷物をなるべく持たないことが大事で、人に優しくできなくなったらそれは、荷物を減らせというサインなのである。
・テレフォンオペレーターなどのように他者から苦情を受けて、感情労働をすることが必須な仕事にAIを導入し、相手の音声から感情をリアルタイムでパターン認識して、その人の感情労働を補助するシステムは登場しはじめている。しかしそのようなシステムはまだ、繰り返し使っていると、いつも似たような励ましになることが多く、オペレーターが効果を感じにくくなっていく点があり、今のところは人間の代わりになっているとは言えない状況である。AIの導入で、むしろ人間にやっかいな感情労働が増えるという研究もある。感情労働は、今一番得意なのが人間で、知的能力とは別種の知性といっていいのである。人間の可能性が一番あるのもここなのかもしれない。
・大規模言語モデルは、通常一人の人間が蓄えられる知識を遥かに超えた知識を持ち、人間とは違う方法で進化する。今のところ、大規模言語モデルは自分から何かを考えたり、やりたいことを持ったりすることはなく、一つの人格や意識を持っているようには見えず、むしろ人類全ての平均のような意見を、頼まれた時にだけ出力してくる存在である。私たちがこの知性を鏡として、自分たちの能力を見直していく中で明らかになってきたことの一つは、人工知能ができるようになったことは、人間の能力とは認めなくなる傾向が私たちにはあるということで、これは「AIエフェクト」と呼ばれる。かつては言葉をしゃべることが他の動物とは違う人間の偉大な能力と考えられていたが、言葉はAIでもしゃべれるようになり、人間だけの特徴とは言われなくなった。それでは人間だけの特徴はどこなのだということになって、「感情的になるな」「知性が大事だ」などと言われてきたように長い間自分たちがあまり見ようとしてこなかった感情の領域が、今重要になってきたのである。
・マサチューセッツ工科大学のトマス・マローンらは、視覚的なパズルを解く、ブレインストーミングをする、道徳的な判断を行う、限られた資源の分配について交渉するなどの多様な課題を用意し、チームごとにやらせて、どんなチームが一番安定して、成績が良くなるかを調べた。チームとしてさまざまな課題に対して高い成果を出すために、一番関係があったのは、そのチーム内に、人の気持ちにどれだけ敏感かという「社会的感受性」が高い人がいるかどうかだった。
・アメリカの心理学者、ダニエル・ウェグナーが1985年に集団としての記憶を「トランザクティブ・メモリー(交換記憶)」と名づけた。トランザクティブ・メモリーのおかげで、カップルや家族は、一人で暮らすよりも遥かに複雑で効率的な処理ができるようになる。ここで面白いのは、トランザクティブ・メモリーが機能するのは、一人ひとり個性が違っていて、相手が何が得意で何が苦手なのか、相手は何をやりたがるのか、相手がどんな人なのかをよく知っている親密な集団に限るということだ。1Qの高さなどではなく、その人の全人格を知るように人と人が関わっていることが必要で、寄せ集めのこの場限りの集団ではうまくいかないという。
人の気持ちに敏感であること、またゆっくりと関係を築き、長所や矢点をよく理解し、それでもつながっているということが、集団的知性の発揮には重要なのである。
・人と自分とを同じ存在だと考えないのが重要ということである。共感(同じ気持ちになること)と人間理解は異なっていて、本当に他人を理解するためには、むしろ他者と自分を切り離さなくてはならない。共感することは人とわかりあえたという感じのすることであり、「共感=人間理解」と思う人が多いのだが、それだけではうまくやれないことがあるのだ。
・自分と切り離して相手を理解し、集団のために役立てるという感情労働が人間にとってとても難しいのは確かだ。人間の人間理解の根本は、やはり共感にあるからだ。相手に共感をした上で、切り離す、という2段階構造が人間理解なのである。人間には何も言葉にしないでも感情が伝わってくることがある。このような能力は今のところAIには存在しない。だからAIは我が道を貫けるところがあるのだが、人間は言葉を使わずに高速で感情をやりとりし、他人と同調してしまうところがある。これは人間の長所でもあり、短所でもある。
・みなさんの経験でも、他人の痛み、喜び、悲しみ、緊張などの強い感情は即座に伝わるものだと感じているのではないだろうか?これは専門的には「情動的共感(emotional empathy)」と呼ばれる。島皮質や前部帯状回が情動的共感の脳基盤とされている。これらのおかげで人間はAIとは違って、すばやくリアルタイムに言葉を介さずに、他者とつながれるのである。
この人は自分と違ってこういうことを考えているのだろうと、言語的に推論するのではなく、ほぼ自動的に相手が痛みを感じていたら自分の痛みであるかのように反応したり、相手をもっともっとと求めたりして、心を重ねる。どんどん一体化していくのである。
親子が最初に積み上げていくのが情動的共感であることからわかるように、私たちは他者と情動的にしっかり結びつくことが必要なのだ。恋愛関係でも同じように、恋人の写真を見ている時は、親友の写真を見ている時に比べて、相手を批判的に見る部位の活動が下がり、報酬系の活動が高まる。すなわちもっともっとと相手を求めて相手と狂おしいほど一体化するというのが人間関係の始まりなのだが、こうして他者と一体化してしまう仕組みがあることの欠点として、いつまでも親離れ、子離れがしにくく、過剰な期待を相手に押しつけ、小さな子どもや高齢の親を、思い通りにならないことで、大人が虐待する要因にもなってしまう。恋人関係でも、依存関係となり、相手に自分と同じように考えてもらうこと、自分の要求に応じてもらうことだけが大事になり、疲弊する関係になってしまったりする。「相手が自分の期待に沿ってくれる=自分が愛されていると感じる」ということになるともう、自分とは違う一人の人を尊重ることとは正に対で、相手の気持ちは見えなくなっている。自分と相手を一体化するというのは究極的には自分の心も相手の心もなくすことなのだ。
・自分がやりたいことと、他人がやりたいこととがあって、それが食い違うからこそ、人のことを理解するという感情労働が存在する。他人を自分に合わせさせる、自分を他人に合わせる脳の使い方だけでは、その場だけで「一体になれた!」という大きな喜びは得られるけれども、それは相手と自分を理解することとは程遠い。同じ気持ちになることで快を感じて「欲しい」の回路を回すことは、相手を自分の思い通りにコントロールすることにつながっているのであり、自分の感情のコントロールでもなければ、人を理解することでもないのである。
依存関係に陥らず、本当に人間を理解するためには、自分の必要と、相手の必要は食い違って当然なのだから、共感した上で切り離すという大きな痛みを取らなくてはならない。