
バーニング
@burningsan
2026年2月17日
違国日記 3
ヤマシタトモコ
読み終わった
槙生は基本的に朝を「自分の子どもではない人」として扱って来ていたし、これからもきっとそうするのだと思う。しかしその扱いはずっと家族と暮らしてきた朝にとって(大半の未成年はそうだ)一種の不適応を起こしている。朝にとって槙生は母の妹であるから、遠くない親族だ。しかし槙生にとって朝は、嫌いな姉の娘である。この認識のギャップは、最後まで埋まらない可能性もあるん、と思いながら読んでいた。
ただ、3巻の後半で「あなたとわたしが別の人間だから」と槙生が朝に告げる場面がある。基本的に人付合いが下手で、こういうタイプのコミュニケーション(I think.. で始まるタイプのやつ)もあまり上手とは思えない。ひとりで部屋に引きこもっている方がずっと楽なのだろう。
笠町くんといる時にリラックスしていたり、ダイゴといるときに肩の力を抜いているのはおそらく笠町、ダイゴそれぞれが「槙生の扱い方」を熟知しているからだ。でもまだ数ヶ月しか同居していない朝は「槙生のことは全然知らない」に等しい。わかりやすい、情報の非対称性がある。そして15歳である朝に20歳年上の成人女性と対等に向き合うには、まだ人生経験もケア能力も足りないし、それを求めるべきでもない。
ということを前提に起きながらさっきのセリフを振り返ると、槙生がさすがに折れたというか、譲歩したのだと思う。大人になったというべきか(ほんの少しだけ)。
あと、両親事故死の場面がまたフラッシュバックしている。記憶を抑圧している可能性があるなあ、とかそれが何かのトラウマになっている可能性もあるなあ、とか考える3巻だった。




