違国日記 3
31件の記録
バーニング@burningsan2026年2月17日読み終わった槙生は基本的に朝を「自分の子どもではない人」として扱って来ていたし、これからもきっとそうするのだと思う。しかしその扱いはずっと家族と暮らしてきた朝にとって(大半の未成年はそうだ)一種の不適応を起こしている。朝にとって槙生は母の妹であるから、遠くない親族だ。しかし槙生にとって朝は、嫌いな姉の娘である。この認識のギャップは、最後まで埋まらない可能性もあるん、と思いながら読んでいた。 ただ、3巻の後半で「あなたとわたしが別の人間だから」と槙生が朝に告げる場面がある。基本的に人付合いが下手で、こういうタイプのコミュニケーション(I think.. で始まるタイプのやつ)もあまり上手とは思えない。ひとりで部屋に引きこもっている方がずっと楽なのだろう。 笠町くんといる時にリラックスしていたり、ダイゴといるときに肩の力を抜いているのはおそらく笠町、ダイゴそれぞれが「槙生の扱い方」を熟知しているからだ。でもまだ数ヶ月しか同居していない朝は「槙生のことは全然知らない」に等しい。わかりやすい、情報の非対称性がある。そして15歳である朝に20歳年上の成人女性と対等に向き合うには、まだ人生経験もケア能力も足りないし、それを求めるべきでもない。 ということを前提に起きながらさっきのセリフを振り返ると、槙生がさすがに折れたというか、譲歩したのだと思う。大人になったというべきか(ほんの少しだけ)。 あと、両親事故死の場面がまたフラッシュバックしている。記憶を抑圧している可能性があるなあ、とかそれが何かのトラウマになっている可能性もあるなあ、とか考える3巻だった。




atomin@atomin_1272026年1月7日読み終わったアニメの第2話放送を待てず、ebook japanで3巻まで読み進めた。どハマりだ。 槙生の物事の捉え方、考え方、(彼女の言葉で言うと、「好ましいと分類される」)人へ敬意、距離感など、自分もこんな大人になれたらなと思う。





annamsmonde@annamsmonde2025年7月1日読み終わった「あの頃わたしたちの孤独はそれぞれ形がちがっていて」 「わたしだけが と わたしたちの多分 誰もが思っていた」 「砂漠のオアシスの水は わたしをどんなに慰めても わたしの体とは決して 溶け合わないのだった」 寂しさの言語化が、胸にストンと落ちた先でピタリとはまった。

temachatowaltz@temari2025年6月4日再読中複数人と一緒に居るのにさみしい時があった 1人で居るのにさみしくない時の方が多い さみしいと口に出せるようになった さみしいというきもちをあじわうとき 違国日記再読中‼︎


- 真なつ@ktnmt02072025年5月10日今までダメだと思っていたことへの鎖がなくなるような言葉がいくつもあって、ダメで落ち込んでいる自分も、恋愛できない自分もダメではない、と勇気付けられる。最終回まで読んで、幸せは何なのかちょっと分かったような気がした


























