
蒼凍星
@ClarideKieferBurgin
2026年2月20日
ビルバオーニューヨークービルバオ
キルメン・ウリベ,
金子奈美
P 8.
診察室から出たとき、母は何と声をかけてよいかわからなかった。長い沈黙のあと、バスに乗って帰りましょうか、と祖父に尋ねた。彼は首を振った。
「まだ家には戻らないよ。今日はビルバオで過ごそう。見せたいものがあるんだ」と祖父は言い、微笑んでみせようとした。
祖父は母をビルバオ美術館へ連れていった。母はけっしてその日を忘れないだろう。祖父が、死にかけていると告げられたまさにその日、美術館に連れていってくれたことを。美は死を超越して生き続けるのだと、むなしくも伝えようとしてくれたことを。そのあまりにつらい日の別の思い出を、母が胸にしまっておけるようにと努めてくれたことを。そうした祖父の思いやりを、母は一生忘れることがないだろう。
彼女が美術館に足を踏み入れたのは、それが初めてだった。
最近搭載されたReadsの新機能、ちゃんとAIは、この本の抜粋部を隠してくれているだろうか。
著作権とか大丈夫かなどと思いながら、それでも書き留めておきたかった。
本を開いてすぐ、このページの数行がもたらしてくれた自分への心の手当てを、私が忘れることはない。『母』がその日の記憶をきっと忘れることがないように。
自分以外の誰かにとっては、単なる言葉や物語の連なり。
この数行を繰り返し繰り返し読んだ。ちっとも先へ進まなかった。読んではまた戻った。読み始める前にはもう一度読んだ。
執拗に読むことで自分の傷んで手の施しようのなかった古い細胞や記憶を、新しく書き換えているようだった。
本に出会ったとき、何も期待してはいなかった。特に絶望していたわけでも、自棄的になってもいなかった。自分に手当てが必要であるとも考えてはいなかった。しかし、幾つになっても、深い癒しようのない傷が癒える機会に巡り会えたのなら、どんな時だってそうしたい。
己で己を癒すこと。
この本に出逢えて本当に本当によかった。
ありがとう。