
yuta
@fu_yu-t
p.95
さて。わたしたちは脆弱な人の支援を求めるとき、そのことが人道的に正しい施策であるかどうかよりも、それによって経済的な効果があるのだと言わなくてはいけない(と思わされている)。支援を受けることによって、自立的な働き手/経済成長の担い手/将来の納税者となります。あるいは、将来の社会保障費の低減につながります、と。そんな物語が、個人の自由や平等、人権の尊重という物語よりも断然、優先度が高いとされている。ご飯を満足に食べられていない子どもがいたとしても、それを問題だとしてすぐさま助けてくれる社会ではない。むしろ、「貧困なのになぜ子どもを産んだんだ」みたいなことを聞いながら言ってくるような社会である。そんな社会を「誰ひとり取り残すことのない」まちに変えていくには、徹底的にわかりやすい成果しすなわち経済効果をあげなくてはいけない。そのためにも、明石市での「こども施策」の上記の成果はどうしても必要なものだった。それが手に入ったことを喜びながらも、ぐっと唇を噛んだ。経済効果と無関係に、必要なものは必要だと言えない社会。経済効果を経由しないと、命が大事、弱者が大事と言えない社会に、わたしたちは住んでいる。


