
みっつー
@32CH_books
2026年2月25日
読み終わった
書き出しに迷ったので、とりあえず、「書き出しに迷った」と素直に書いてみることにした。
上の「書き出し」を書き出して、5分が経った。
なるほど、全然書き出せない。書き出したのに。
本を読み終えてすぐにnoteを開き、思ったこと、感じたことを書こうというモードに入ったにも関わらず、なんだかボケーっとしてしまう。
書きたいと思っているのに頭が空っぽになっていて、あ、今寝っ転がってるんですけど、スマホが重いなぁとか、部屋の明かりが眩しいなぁとか、そんなことばばかり考えてしまっている。
そもそも、書くことについて書かれた本の感想を書くということはとても難しいことなのかもしれない。確か前もこんな感じになったような気がするもの。
とてもややこしいことである。
書くことについてを書く人(著者)が、書くことについて悩んでいる人(読者)に向けて書いていて、それを読んだ私が書くことについて学び、学んだことを書こうとしている。
だからこの場合、自分とっての「書くこと」とはなにかを、私の頭の中で考えて、本の引用なんかも挟みながら書き進めていけばいいのではないだろうか。そうだ、そうしよう。
では、さっそく。
私にとっての「書くこと」とは、「視野」だと思っている。
うそです、いま考えました。
だけど、自分の中で腑に落ちた答えがこの「視野」だということを、今から、説明してみたいと思う。
これを読んでくれているあなたと、私自身にも。
そもそも書くことを始めたきっかけは、正確にいうと「本を読む」ことを始めたきっかけは、ゲーム実況をするにあたって、自分のゲームへの反応が一辺倒になりつつあるなぁと感じていたことにあった。
他のnoteでも書いたと思うけれど、実況動画を撮っていると、視聴者なら集中して見たいシーンでも、「ここは喋っておきたいぞ!」というところでお喋りを挟みたくなるタイミングがあったりする。
せっかく喋るのだから、芯を食っていたり、ちゃんとリアクションとして受け取ってもらえるものであったり、なによりそこのリアクションを楽しみにしてくれている人に伝わる表現をしたい、と思うようになったのが主なきっかけだ。
そこで本を読んで、感想を書く、せっかくなので日記も始めた、そういったことで少しでも表現力を高めよう、深めようと色々模索している。
そして書いていくうちに、今回のような「書くこと」について書かれている本を読んでいくうちに、これは「視野」を獲得、拡大するための下積みなのかもしれないな、と感じた。
ことばの使い方を学ぶこと、書くことを学ぶこと、言語表現を学ぶことの目的は、究極的には、自分が自分だからこそ書けることば、ある意味では自分にしか書けない文章を書けるようになることだと思います。
佐々木敦『「書くこと」の哲学-言葉の再履修』p.17
本を読むということが新たな「視野」の獲得となり、書くということは新たな「視野」の拡大に繋がる。
この自分で出した答えを持ち続けながら、読むこと、書くことを続けていけば、努力の先に、なんとか、自分にしかできない表現が見つけられるのではないだろうか。
自分の文章のクセをある程度客観的に把握して、他者たちの文章との望ましい差異化の武器として利用可能か吟味すること。
○多様性に埋没してしまわぬよう懸命に振る舞うこと。
○「自分のことば」を書けるようになるためにこそ、「他人のことば」を読むこと、それもできればたくさん読むことが肝要です。
佐々木敦『「書くこと」の哲学-言葉の再履修』p.87
本の感想を書いていると、結局この答えに行きつきがちになってしまうのだけど、やっぱり、とにかく、「他人の言葉」を自分の体に取り込んでいく方法が一番個性を出す方法なんだよなぁ、と感じる。
自分の個性を知る、ことも大切だけど同時に、相手の個性を知ることが自分の個性を知るひとつのきっかけとなるということである。
読みの円滑な流れを一瞬、止めるようなことばに出会ったら、そこを何度か読み返し、なぜ自分がそこが気になるのかを考えてみて、答えが出なくても、とりあえずそれを覚えておく。そこに生じた違和感は、その書き手の個性や才能を示していることもあれば、そうでなくても、そこにあなた自身の言語感覚が現れていることがある。
佐々木敦『「書くこと」の哲学-言葉の再履修』p.108
上記のようなものの見方を、この本でしっかりと学ぶことができたのが、私の中ではかなり大きかったように思う。
確かに本を読んでいると、どうしても読み進められなくなる瞬間が訪れることがある。
理解できないわけではない、けれど、ちょっと読みづらさを感じる、読み飛ばしたいのに、なぜか惹きつけられるような感覚。
そうか、私は書き手が生み出した「違和感」や「個性」を感じ取っていたのか、ということに気付かされたのだ。
またひとつ「視野」が拡大された。
しかし、相変わらず書くことは難しい。
だけど、出会った本、一冊一冊から、段々と、新しい視野を獲得することができている、なんなら今回の本を読み、考え、もうすでにこれまでの経験が少しずつ力に変わりつつあるのではないかと実感が湧いてきたようにも思う。
あらかじめ全体像を描くことなく、だが最後には必ずや全体像が出現するのだ/させるのだという、もしかしたらいささか闇雲かもしれない確信(?)を胸に、とにかく書き進めていく。
佐々木敦『「書くこと」の哲学-言葉の再履修』p.207
今やっているゲーム実況の活動においても、書くことにおいても、未だ全体像、自分の中のゴールはまったくもって見えていない。
けれど、なんとかなる、なんとかする、という気持ちで臨みたい、臨み続けたい。
自分にとっての「書くこと」と「ゲーム実況をすること」は密接に関わり合っていて、もしかしたら同時にゴールできたりしちゃったりするのかもしれない。
そうなってくれたら、今日ここで頑張って文章を書いてた私を、めちゃくちゃ褒めてあげたいのである。

