読書猫 "エクソフォニー" 2026年2月24日

読書猫
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2026年2月24日
エクソフォニー
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多和田葉子
(本文抜粋) “「自分を包んでいる(縛っている)母語の外にどうやって出るか? 出たらどうなるか?」という創作の場からの好奇心に溢れた冒険的な発想が「エクソフォン文学」だとわたしは解釈した。” “ある言語で小説を書くということは、その言語は現在多くの人によって使われている姿をなるべく真似するということではない。同時代の人たちが美しいと信じている姿をなぞってみせるということでもない。むしろ、その言語の中に潜在しながらまだ誰も見たことのない姿を引き出して見せることの方が重要だろう。” “誤訳という荷物を背負わずに旅はできない。しかし、誤訳と正しい訳が、嘘と真実のように対立しているのではなく、両方とも「訳」であり、旅であり、大袈裟に言えば、色合いが違うだけなのかもしれない。” “ひょっとしたら、わたしは本当は、意味というものから解放された言語を求めているのかもしれない。母語の外に出てみたのも、複数文化が重なりあった世界を求め続けるのも、その中で、個々の言語が解体し、意味から解放され、消滅するそのぎりぎり手前の状態に行き着きたいと望んでいるからなのかもしれない。” “書くという作業は、作者とは別のからだである言語という他者との付き合いなのだから。”
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