
水海
@minamimag
2025年3月5日

大都会の愛し方
オ・ヨンア,
パク・サンヨン
読み終わった
比喩表現が悪徳ながらも美しい。ここまでのキレとユーモアで悪口をいえる人間になりたいな。
作者の自伝のようでいて、すべての主人公が少しずつ異なっていて、彼であり彼ではないのが不思議。(でも人ってそうね)
あとがきに「僕に、酒をおごり、こころよく自らの人生の一部を差し出し、時には大切な感情まで割いてくれたすれての人たちに、今は別れてしまったけど、かつて互いに精いっぱいだったその気持ちに、心からありがとうと伝えたい。」と綴っているのがすてき。




水海
@minamimag
好きだった文章たち
▼
ジェヒ
> 顔は整ってるとはいえないものの、だからといって超ブサイクというわけではなく、つれて歩ける程度ではあった(俺が小説で新人賞を取ったときに審査評で一番よく出てきたのが客観的な「自己判断能力」だった)。
>
> そいつとつき合うつもりなんてなかったのに、K3で南山タワーだとか山井湖なんかに出かけてるうちに、いつのまにか恋愛っぽいかんじになってしまった。セックスはすでに何回かした後だったし、あいつの体は俺の体で、俺の体はあいつの体みたいになってしまうと、もうなに一つ新しいことはなかったものの、二人とも自己肯定感が低く、周期的に自殺衝動を感じ、学生時代にいじめにあった経験があって、アート映画や本みたいなのを好み、村上春樹やホン・サンス、仏文学やアウディみたいなうざったいものを忌み嫌うという共通点のあるゲイだったから、お互いをそれなりに特別な存在だと思うようになってしまった。
>
> でも俺の秘密が、ジェヒとその男の関係のための道具として使われたのは受け入れがたかった。誰に何を言われたってかまわない、ただ、その誰、がジェヒだということが許せなかった。ほかの人みんなが俺について話したとしても、ジェヒだけは黙っていなければならなかった。
ジェヒなんだから。
>
> 執着が愛じゃないって言うなら、俺は誰かを愛したことなんて一度だってない。
>
> 俺は俺にまつわるどんなことも考えないことにした。自意識過剰は病気だから……。
>
メバル一切れ宇宙の味
> 誰がどう見ても全然かわいくないのが、俺の唯一かわいいところなのに。
>
> だから俺は、講義用の大学ノートを日記帳代わりにして、彼の日常を、ひいては彼を通じて変化していく俺自身の感情を記録し、探究しはじめた。
>
> そんなふうにしばらく意味のないメッセージをやりとりしていると、突然空気の抜けた風船みたいに何もかもがつまらなく思えてくるのだが、それは彼が、俺に(どんな意味であれ)関心があるのではなく、ただ壁を相手にしてでも何か話したくてたまらないほど寂しい人にすぎないのだと思えてくるからだった。俺は、そういう寂しさの温度を、匂いを、あまりにもよく知っていた。
>
> ーーいつからか宇宙の原理に興味を持つようになったんです。知りたいじゃないですか。この世はどうして

水海
@minamimag
> ーーいつからか宇宙の原理に興味を持つようになったんです。知りたいじゃないですか。この世はどうしてこうなってるのか、俺はなんでこのザマなのか、このデカくて広い世界に星ってのはなんでまたこうもたくさんあって、俺という存在はいかに取るに足らないものなのか、みたいなことをね。
>
> どこまでも寂しいと言う彼の目は本当に、あまりにも寂しくてうつろな感情にすっかり浸っているようで、俺はいったいどう返事をしていいかわからなかった。彼の前では二十五年間俺が身に着けてきた社会的スキルなんてどれも無力に思われて、ひたすら箸をせわしなく動かしながらヒラメやメバルの刺身をつまむほかなかった。
>
> 彼と会えるのは真夜中の数時間にすぎなかったが、俺の一日はその短い時間によって完璧に支配された。彼に合っていない残りの時は、彼がどこで何をしているのか考えていた。母さんのいらいらにつき合いながら看病しているときも、自己PRを書くためにどうにか話をつくりあげているときも、俺は彼の影響下にあった。一万回は歩いたであろう通りを歩くときも、俺は彼の影響圏内にいた。彼の目で俺の日常空間を見つめてみたくて、つま先立ちで歩きながら彼の視線で通りを見下ろしてみた。彼ならどんなことに興味を持つだろうかと、そして彼と一緒に何ができるだろうかと悩みながら、ぴりぴりしながらこの世のあらゆる刺激を受け入れた。
>
> 静かに沈黙を守っていて一番最後に一言言ってすべての決定権があるように感じさせる話し方も。
>
> 彼に背を向けたまま体を丸めていたら、突然謝ってほしいと思った。誰に?
なんにでも同性愛を持ち込もうとするうすのろな奴らに? こんなくだらないくずみたいな記事を集めておきながら、ありのままの自分を受け入れられない情けない彼に? たいしたことない男だとわかっていながら彼のことを好きになってしまい、ただ彼を好きだという理由で彼のパソコンを勝手に漁って彼のすべてを知りたがろうとする俺に? もしかしたらそのすべてに。 いや、ほかの誰でもない、
母さんに。
>
> その日俺は、初めて東の空が明るくなる前に一人で彼の家を出た。米帝の文物、資本主義の産物になったまま。
>
> 怒りがわくというより、ぶわっと喜んでる俺の心が気にくわなかったけれど、その思いは止められなかった。涙があふれそうになった。

水海
@minamimag
遅い雨季のバカンス
> 出勤時間になると、今日一日、誰のことも憎まずに終われますようにと願った。
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> ときどき俺は俺自身ですら驚くほど不道徳になる。
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> やっぱり人生に無駄なものはない。とはいえどれも無駄なものなんてないというのは、もう少し正確に言えば、人生にそれほど役立つものもないという意味でもあって。
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> 時に彼は、俺にとって愛と同義語でもある。だから俺にとってギュホの存在を証明することは、ギュホという人について語ることは、愛の存在と実体について証明するプロセスでもある。
俺は今まで文章という手段を街て何度も俺にとってのギュホが、俺たちの関係が、誰も侵せない二人だけの特別な何かだったと、だから、純度百パーセントの本物だったと証明したかったのかもしれない。ありとあらゆるやり方でギュホを創造し、なぞり書きし、彼と俺の関係を、俺たちの時間を、そっくりそのまま描いて見せようとしたけど、そうしようとすればするほど、俺の書いたものが、ギュホという存在と当時の俺の感情と離れていってしまうばかりだ。真実とかけ離れたぼんやりとしたものになってしまう。俺の小説の中のギュホは、何度も死に、けがをして、完全な愛の形として残っているけれど、現実のギュホは息をしてどんどん自らの人生を歩んでいく。その間隔が広がれば広がるほど俺はすべてに耐えきれなくなる。過ぎ去った時間ひたすら努力してきたものの、結局、俺の体と心と、俺の日常には何も残っていないという事実をこれでもかと思い知らされるだけだった。むなしく意味のない言葉たちが宙をさまよい、ただ文章を書いている俺だけが残る。嫌というほど背中をかがめたまま眉間に深いしわをよせている俺が、俺自身の呼吸だけを聞ける、そんな世界。
>
あとがき
> 当時、僕はずっと、ただひたすら自分自身でありたいと思いながらも、同時に僕が僕であるということを受け入れがたかった。この二つの矛盾した感情のせいで、僕と関わりのある人たちを混乱させたこともあったと思う。
>
> 僕に、酒をおごり、こころよく自らの人生の一部を差し出し、時には大切な感情まで割いてくれたすべての人たちに、今は別れてしまったけど、かつて互いに精いっぱいだったその気持ちに、心からありがとうと伝えたい。
>