
ジクロロ
@jirowcrew
2026年2月27日
読んでる
ゴーゴリの突然の転調も同様に捉えることができる。遅れているからこそ逆によいというのと同じ論理で、ロシアの空間はなにもないからこそ逆によいのではないか。先の一節に続いてゴーゴリはいう。「この無限の広袤(こうぼう)は果たして何を予言しているのだろう?おまえが無限である限り、ここにこそ、おまえの裡にこそ永劫の思想が生まれるべきなのではなかろうか?」。なにもない空間は限界もまたもたない。この引用の後半を直訳すると、「おまえに終わりがないのであれば、ここでこそ、おまえのうちでこそ、果てのない思想が生まれるべきなのではなかろうか」となる。ロシアの無の空間が、無限の空間へと読みかえられるのである。
(p.26)
ゴーゴリからはじまるロシアの宇宙史観、わくわくする。
いわゆる「宇宙」の母体はどこにあるのかを考えながら読み進める。
生が死から始まるように、極大は極小から始まる。
無限も無も、いずれも「スケール」から外れた概念であるからこそ、ここに書かれた議論は荒唐無稽でありつつ崇高であるという予感。
