バーニング "違国日記 5" 2026年2月26日

違国日記 5
違国日記 5
ヤマシタ・トモコ
だらっと読んだが23話と25話が前半のヤマ場だなとおもった。タイトル回収の話数でもある。日記の存在、書くという行為について。 書くという作業は孤独な作業であるが、同時に書くという行為を通して自分と対峙する瞬間でもある。「書くのはとても孤独な作業だから」つらいとも言えるし、この孤独な作業を通してようやく生き延びられたとも言える。 書いた本人が亡くなったとしても、紙の日記は、 そのまま手渡すことができる。だが、遺されたものを生きている側がどう扱うのかは遺言でもないかぎり明確な答えはない。 結局のところこの漫画は、孤独な人たちが繋がろうとするものの、「良い繋がり方」がわからずにケンカしたり、模索したりを続けるしかない。それをずっと描いている。 繋がり方の模索。それが生きている側の生き方なのだ、という事なのかもしれない。
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