なお "マチネの終わりに" 2026年3月1日

なお
なお
@nao_reading51
2026年3月1日
マチネの終わりに
平野啓一郎が描く相反する感情の美しさ クラシックギタリストの蒔野と、ジャーナリストの洋子。異なる世界に生きる二人の恋愛を描いたこの物語は、クラシックギターの旋律に溢れ、全編に音楽が流れているような作品だ。舞台はパリやニューヨークなど華やかな都市を横断し、読み進めるうちにまるで演奏会の余韻に浸るような感覚! この作品がとりわけ印象深かったのは、人間の感情の機微を丁寧に掬い取っているところだ。蒔野のマネージャー三谷早苗は、嫉妬心から二人の仲を引き裂きながら、後にその罪悪感と向き合い贖罪しようとする。悪意と後悔、自己正当化と償いの義務感が一人の人間の中に同時に宿っている。三谷のしたことには正直ひいたが、その感情の複雑さを平野啓一郎は納得感のあるワードチョイスで自然に描き出している。人間はどんなに一貫性があるように見えても、その内側は矛盾だらけだ。三谷も、蒔野も、洋子も。そのリアルさが読むほどに深く刺さってくる。 もう一つ心に残ったのは、人と人の関係性をアポロの軌道に例えた表現だ。軌道が少しでもずれていたら月に到達しなかったかもしれない。その緊張感が、二人の仲が深まるかどうかという展開と重なる。ある一言、ある一瞬が軌道を決定的に変えてしまう。科学者のような冷徹な視点で人間関係を語るその言葉が平野さんらしいなと思う。 この比喩を読んだとき思ったのは、小学校の出席番号が近いというだけで大人になっても仲良くいられる友人は、実はとんでもない奇跡の産物なのかもしれない、ということ! 偶然あいうえお順が近く、同じ教室になり、声をかけ合い、共通の話題で笑い合える。それ自体がすでにミラクルだし、確率で言うと1万分の1とかのレベル。 平野はこの小説の中で恋愛関係が深まることを奇跡と表現していたが、それは恋愛に限った話ではなく、人間関係そのものすべてに当てはまるように思う。奇跡とタイミング、タイミングと縁。人と人の出会いとは、運命の悪戯なのかもしれない。そう思うと、身近な縁のひとつひとつがまったく違う輝きを帯びてくる。 この物語は2019年に映画化もされており、蒔野を福山雅治、洋子を石田ゆり子が演じている。石田ゆり子の知的な雰囲気と可憐さが洋子にぴったりだと思うので、映画版もぜひ観てみたいと思っている。 『マチネの終わりに』は、恋愛小説でありながら、人と人が出会うことの不思議さを深く問いかける作品だった。平野啓一郎は、やはりいい作家だ。​​​​​​​​​​​​​​​​
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