
Sanae
@sanaemizushima
2026年3月1日
地べたから考える
ブレイディみかこ
読み終わった
同じシリーズの別の本を図書館に借りに行った時、児童コーナーに案内され、こんないいシリーズがあるんだ!と知った。ちくまQブックス。さすが筑摩書房さん。
ブレイディみかこさんは気になりつつもまだ読んだことがなくて、どうしてもっと早く手に取らなかったんだろう!と思った。他の著書も早く読みたいと思ったし、ちくまQブックス、子供用だと侮るなかれであった。
今まさにモヤモヤしていたところを示してくださったところを記して、あとに活かしていきたいと思う。
「日本の貧困者があんなふうに、もはや一人前の人間ではなくなったかのように力無くぽっきりと折れてしまうのは、日本人の尊厳が、詰まるところ『アフォードできること(支払い能力があること』だからではないか。それは結局、欧州のように、『人間はみな生まれながらにして等しく厳かなものを持っており、それを冒されない権利を持っている』というヒューマニティの形を取ることはなかったのだ。」(p64)
”税金払ってますから言わせてもらいますけど“みたいなことをよく聞くし、わたしもそう思っていたが...”生まれながらにして“私たちは、ということをもっと自分なりに考えていく。
「他者の靴を履く」というたとえ。エンパシー、「自分がその人の立場だったらどうだろうと想像することによって感情や経験を分かち合う能力」。エンパシーは「能力」。
著者は「日本の若い人たちと話をしていると、日本ではまず「自分の靴を履く」ことの方が大事なのでは」と言う。
若い人に限らないが、絨毯の上に(靴なんか履かず)大人しく座っていることの方が良しとされる風潮もあって、靴を持たない人もいると言及があり、この意見にハッとした。
自分の靴を持たないから、大多数に靡くのかもしれないし、たとえ自分の靴を持っていたとしても、脱ぐという発想自体を持ち合わせないために、合わない人には攻撃や説得、無視など、分断しやすさの社会があるのかもしれないと思った。
このこともずっと考えていきたいと思う。








