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ショタ汁
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@aoiro-0406
あまり本は読みません。
  • 2026年4月25日
    涼宮ハルヒの憂鬱
    涼宮ハルヒの憂鬱
    アニメの影響で「ヒロインの自己紹介が頭おかしい作品」というイメージであったが、アニメ20周年ということで原作から履修しておこうと読んだ。 作品を通して感じたのは主人公キョンとヒロイン涼宮ハルヒの対比と、人生の主人公とは何かというものである。 この作品で最も有名なシーン。「ただの人間には興味ありません。宇宙人、未来人、異世界人、超能力がいたら私のところまで来なさい。以上。」も対比となっているのだ。 まず、この作品は主人公の独白から始まる。サンタクロースなんてものは物心がついた時から一切信じていなかった。しかし、宇宙人や未来人、超能力などがいつか目の前に現れてくるものだと思っていたという内容だ。 つまり、主人公は昔はフィクションに登場する理想的で非日常的なものを求めていた。しかし、いつしかそれすらも諦め、つまらない日常を生きるようになった。 それに対して、ヒロインのハルヒは高校生になった今でもその夢を見続けて、それを恥じない。 このふたりに生まれるそれぞれの想いに非常に共感できる。 そしてもうひとつは、主人公とは何かというものだ。 少々ネタバレになってしまうが、ここで書かせてもらう。涼宮ハルヒは普通の少女ではなく、現実を書き換える神がかった能力を持っている。超能力や未来人と会いたいと思ったらそれは当然のように叶う。しかし、それを本人は知覚できない。 一方で主人公は普通の少年だ。特殊な能力なんてものは持たない。しかし、涼宮ハルヒの周りで何が起こっているのかを知っている。 そして、最終局面。主人公とハルヒは変な世界に閉じ込められる。ハルヒが求めていた摩訶不思議な事が起こる理想的な世界。ここで暮らそうとまで言い始める。 しかし、主人公はそれを拒否する。主人公は非日常を求めていた。なのに、大したことの起こらない日常が実は好きになっていたのだ。そして、主人公は日常を選択する。 私はこれこそが人生の主人公であると思っている。 私たちは常に何かしらの選択を強いられる。ハルヒのような全てを捻じ曲げるようなパワーなんてなく、できるのは選ぶことだけだ。 幻想的な世界を眺め続けることは簡単だ。皆、ずっとそうしていたいだろう。 それでも、本当に大切なものは日常にこそあるのだとこの作品、主人公は言っているのだ。 長くなってしまったが、想像以上にこの作品には語れる事が多かった。続編も是非読んでみたい。
  • 1900年1月1日
    ぬきたし 6 -抜きゲーみたいな島に住んでるわたしはどうすりゃいいですか?-
    コミカライズ化として良い作品だと思うが、少し淡白に感じる所もあった。 美岬が仲間になるところらへんから始まるため、淳之介が島にやってくるくだりや仲間を増やす所は全カットだったのが少し残念だった。 だが、そのシーンを載せる余裕がないから初っ端からどんな世界観なのかを全開にするというのは良い選択だったと思う。 Hシーンが多く、原作勢だけでなく新規勢も取り込めていいと思ったが、にしても少し多く感じてしまった。もちろん原作らしさを追求するなら必要だとは思うのだが、ぬきたしの本質はHシーンではなく感動シーンであると私は思っている。 Hシーンをもう少し削って、もう少しストーリーメインにするのもありではないかと思ってしまった。 原作がゲームであるという特性上、面白さを漫画に落とし込めるのかと思っていたが、その点は問題なく十分に楽しむことができた。
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