
kay
@hanauri
大体月1冊、感想はBlueskyからの転載
だいたい美術史、歴史学、アガサ・クリスティー
- 2026年8月14日
戦争はいかに終結したか千々和泰明読み終わった近現代史の知識がなさすぎて話を追うのでいっぱいいっぱいになりつつ。「戦争反対」はそれはそうなんだけれども、戦争に反対しながらもやはり、そうなってしまったときにどうやって終わらせるか、ということは考えていかなければならないだろうと思った。始まらないように努力をすることと、万が一始まったときにどう終えるかについて備えることは当然両立する。戦争にも前例があり、過去の経験を踏まえて多々判断されうる実例と検討を読めてよかったと思う。歴史の轍からの学びは多い。 それにしてもほんとうに、基礎的なところから近現代史やったほうがよさそう… - 2026年8月13日
青列車の秘密 (クリスティー文庫)アガサ・クリスティー読み終わった突拍子もない、というか、いろんな登場人物が交錯するなかで、なんやねん!みたいな感じの犯人だったなあと思う。今までのパターンから犯人はこのへんの人だなあ〜と推測しやすいんだけど、うーん、なんかまだ、たとえばクリスティーの奥深い洞察力みたいなのが発揮されてない作品なのかな?という気がする。この作品を踏まえてのオリエント急行なのかもしれない(まだ読んでない) - 2026年7月11日
読み終わったリチャード・ローティの哲学を、比喩を用いながらわかりやすく説明している。読みやすい本だったが、わたしは正直なところ中々考えがまとまらないでいる。本書における「「われわれ」は拡張できる」という点は、宇野および岩渕の著作にも通じるところがあった、と、思う。わたしたちは「同じ人間」だから連帯できるのではなく、他者に思いを馳せ、小さな手掛かりから「われわれ」という範疇を広げ、それによって連帯するしかない。わかりあえないとしても、「会話」を打ち止めない。本書で特徴的なのはこの「会話」という考え方だろう。 対話でも議論でもなく、見果てぬゴールや、目指すべき正しさ、共通の目的などは持たず、相手のことばづかい(ことばづかいも本書において大変重要な点だが)を知ろうとする姿勢を持ち続ける、つまり「会話」をやめずにいることが肝要であるという。「(前略)そもそも目の前に、隣に、自分とはちがうひとが、同じ生身の身体をもってそこにいるという、その平凡で当たり前の事実とちゃんとつきあっていくことなのでしょう。そして、それはきっと、私たちの誰もが失敗を重ねながら、日々磨いているはずのことなのです。」(p.194)、この文章にはすごく胸がキュッとなった。 著者はこういう意味では書いていないのだと思うけれども、もしかしたらわたしたちはそもそも、そもそもである、相手をわかろうとする生活における会話自体が、かつてよりずっと少なくなっている部分があるのではないだろうか。核家族化が進み、少子化が進み、地域から人は消え、子どもも大人もみんなが忙しく、格差が広がり、コロナ禍で生活が分断され、かつて挨拶ひとつくらいのコミュニケーションでつながっていたはずのSNSですら以前のようなのんびりしたやりとりはほとんどなくなっている。わたしたちには、お互いをわかりあうための場自体が、なんだか減っているような気がするのだ。 国会前のデモに参加した人たちは口を揃えて「同じことを考えている人たちに会えて安心した」と言う。それは政治への危機感からだけなのだろうか。ZINEが流行っている。自分の言葉で語り、相手の言葉を読み、自分とは異なる他者がいることと出会い直している。わたしたちは本当はもっと、話がしたいのではないだろうか。 - 2026年7月8日
多様性とどう向き合うか岩渕功一読み終わった読みやすかった。普段感想を書くとき副題は省きがちなのだが、「違和感から考える」というこの副題が本書の肝である。あらためて、多様性とは何か?多様性は本当にいいものなのか?多様性は逆差別ではないのか?etcの疑問を取り上げながら、多様性と差異、そして差別や不平等をひろく見ていく。本書のみでは具体性に欠けるところはあるものの、ここは傍線を引いておきたいと思う箇所も多く、何より、「多様性」という言葉が封じ込めてしまうもの、「多様性」という語りが実相を遠ざけてしまうことがあるという部分にはハッとするところがあった。 「多様な人材が生産性につながる」企業等におけるその多様性の奨励は正しいのか、自らの持つ特権性にいつまで無自覚でいるのか、差別的な自分に気づいていないのではないか、読みながら色々と考えた。現実的な連帯の困難さに言及されているのもよかった。「同調したり一本化することを目指すのではなく、相容れなさを認め合う」「つながれなさを通じてつながる」いい言葉だ。私たちは何かにつけ、じゃあ多様性を成し遂げるにはどうしたらいいのかとすぐに答えを求めてしまうけれど、悩み、間違え、やり直し、1歩進んで5歩下がるみたいなことを繰り返しながら、多様な差異を語り合いながら、共同できる社会を作り上げていくしかないのだと思う。 - 2026年7月3日
保守主義とは何か宇野重規読み終わった果たして今の自民党は保守であるのか、という関心から読み始めたけど、英国の保守の文脈からはじまり、アメリカを通り、明治と戦後日本の保守を考える流れは面白かった。1990年代以降の日本の保守に関する部分がごそっとないので、まあ誌面の都合もあろうが、そこだけ物足りなく感じた。そして、最初の疑問に立ち返るなら今の自民党は到底保守とは呼べまい。というか本書に依拠するのであれば、時代の政治体制が断絶的である(連続性を持たない)日本における保守主義はあくまでも状況的なものであり、伝統に対し腰を据えた保守では元々ないのだ。 西洋美術史学徒からすると「崇高と美の観念の起源」の著者であるバークから話が始まったり、正統と異端というヨーロッパ思想史的なくだりもあり、論に入りやすかったというところはあるが、保守にまつわる数々の用語が飛び交うわりには読みやすかったと思う。西洋の視座から日本をみる、という仕草がどこまで正しく日本をみることにつながるのかは近年甚だ疑問に思っているところではあるものの。というか政治体制的として西洋を取り入れても西洋的価値観(社会性?)が根付くわけではないとするなら、われわれは西洋的価値観とは相容れない軸で社会を再定義する必要があるのではないか… と考えたり考えなかったり。 - 2026年6月1日
ビッグ4(フォー)アガサ・クリスティ,中村妙子読み終わった終盤以外、ポアロがほぼしてやられている話。トミーとタペンスシリーズの「秘密機関」に似てるかなーと思った。ミステリではなくサスペンス枠らしい。クリスティー自身が気に入っていなかったとの解説もあり… - 2026年5月28日
さみしくてごめん永井玲衣読み終わったふふっと笑えて、少し悩ましくて、なるほどなあと息をつく、いい本でした。端々で、わかるなあとも思いました。わたしは、みんな何もかもをわかりたがるけれど、わからなさ、というのは本当は、慈しめるもので愛おしいものだと思っている。わからなさを抱えながら生きる。 ----- 読みながらのpost 永井玲衣「さみしくてごめん」、冒頭からおかしくてマスクなしに職場では読めない わたしはじぶんが「変」であることをどうにかして隠し通したく生きているけれど、本当はみんな変だし、変であることを隠す必要なんかないんだよなあ そのほうが誰だって生きやすいのだろうし 永井玲衣、「ベンヤミンを読む。むずかしくて全然わからない。」というところがすごく好きだ わかる むずかしい 永井玲衣、修士論文提出の朝に序論を書いたと述べており、修論提出の朝にデータが吹っ飛びおおさわぎだったぼくは、仲間意識を芽生えさせるのである - 2026年5月6日
アクロイド殺しアガサ・クリスティ,アガサ・クリスティー,羽田詩津子読み終わった細々としたトリックはともかく、犯人わかってうれしかった笑笑笑 書くとネタバレになるから書けないが、これまでに読んだ作品と印象が似ているところがあり、クリスティーの構成には何パターンかあるのかもしれない。 - 2026年4月30日
イン・ザ・メガチャーチ朝井リョウ読み終わった話題作だが、個人的にはひたすらXのアイドル界隈のあれやそれを読まされているのと変わりなかった。同じく中盤までXをひたすら読まされていた金原ひとみ「YABUNONAKA」と違い終盤で強烈な作家性が発揮されるということもなく、現実に起こっているだけのことが書き連ねられていて作家性はもちろん物語性にも欠けた印象である。アイドルに疎い方には面白いのかもしれないものの、この本に書いてある多くのことはオーディション番組やアイドル界隈のSNSファンダムの深層心理でもなんでもなく少しでもその中に滞在してみれば簡単に感じられる「ありのまま」の筆記であり、まあそれらを改めて言語化したことに価値はあるのかもしれないが、小説としてはだから何だ、というところで終わってしまったと思う。想定内の身の破滅でしかない。そもそもわれわれは本当にコミュニティを求めてオタクをしているのか?誰かとつながっていることが生存につながるからオタクなのか?特に男性アイドルファンは同担拒否も多いし、男性アイドルのファンダムを描いているにしては解像度の低さもやや気になるところだった。 世の中のあちこちで、オーディション番組やファンダムに対して、どっぷり浸かっている者からすれば界隈への不満が、外側にいる者からすれば愚か者への侮蔑が、そのまなざしのなかにあるからこそ、言いたいことを言ってくれている代弁者として「インザメガチャーチ」に満足感を得ているのではないかという気がする。私は特に面白くはなかった。 - 2026年4月5日
ゴルフ場殺人事件アガサ・クリスティー,田村義進読み終わったエルキュール・ポアロの二作目。決着か…?と思うタイミングが何回かあって最後にどんでん返しでヘイスティングスとともに読み手は振り回される。これまで読んだクリスティーのなかだとまあまあかな… と思うのも、たぶん訳者によるところがある気がしている。クリスティー作品、訳者によって多少なりとも良し悪し変わるかもしれない。これはちょいちょい状況が理解しづらかった。 - 2026年2月14日
検証 ナチスは「良いこと」もしたのか?小野寺拓也,田野大輔読み終わった2時間ほどで読了。巷で言われる「ナチスだって良いことをした」事例を事実、解釈、意見によって反証していく。ナチスが発明したと誤解されているものは大体以前から存在しており、彼らがしたことといえばそれを大袈裟に拡大したこと(そしてほぼ失敗したこと)だけ。読みやすいしわかりやすいが、ナチスだって良いことをしたのだ!と思い込む人はこのブックレットすら読み切らないだろうと思いつつ読んでしまったが、本書の狙いはそういったどうしようもない一部への反証と啓蒙が主というより、ナチスを正しいと認識しない社会一般の免疫力強化が目的である。 本書を通して、現代日本の(というか自民党やその他極右政党の)政治傾向と似ている動きが多い印象を覚えたが、国民は自分の持ちたいイメージを政治家に投影して彼らの主張を(それが意識的であれ無意識的であれ)都合よく解釈するし、それはいままさに進行形で私たちにも襲いかかっていることだろう。つまり、p99「自分の政治的立場に都合の良い「ナチス」を引っ張ってくるだけという、極端な「現在主義」が横行している」は、ナチスの解釈に限ったことではないように思う。 一見国民に得のありそうな政策により国民の生活をよくしたいというより国民のメンタリティに影響を与えたい(コントロールしたい)というナチスのありようもまた、私たちの前に立ち現れているわけで、私たちは私たちにあまりにも聞こえのよい言説にやはり慎重であるべきだし、あらゆる観点からよく考え、見極めることが必要だ。あと、大体政治の成果や悪影響というものはやはり時差がありすぐにわかるものではないのだと思った(ナチス時代に好転したものは前政権の成果)。 話はずれるけど、ナチス以前に勃興していたドイツ・ナショナリズムと「森」、テーマとしてすごく面白そう。 - 2026年2月11日
戦争の美術史宮下規久朗読み終わった西洋と日本の広範な戦争美術を取り上げ、善悪ではなく美術史上の価値、意義についてまとめている本。日本の戦争美術をほとんど観たことがないので(西洋も主流ではない絵画は初めて観たものばかりだったが…)、図版の濃密さに時々具合を悪くしながら読んだ。日本の戦争美術は西洋より全体的に茶色っぽくその泥臭い表現がそのまま死臭のようであるし、何かとデザインぽい西洋美術より歪なリアルさがあるなあと思った。
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