月草
@tsukikusa_322
- 2026年3月22日
読み終わった出てきた感想・思考が余りにとっ散らかりすぎた…それだけこの本には思うところがあった。 ・理性、能力、成果はあらゆる偶然が絡み合った産物であるはずなのに、これらをたまたま得た人が「強い人」であり、得られなかった人は「弱い人」とみなされる。 (「得る」という表現は的確じゃないけど、便宜上そのような表現にした。) →偶然性の理不尽さって、自分が排除される弱者になってから身をもって知るものなんだよな。傲慢さを自覚しない強者でいるうちは多分弱者を排除し続けるし、立場上それがまかり通ってしまうから、きっと分断は生まれ続ける。強者でいられるフィールドでの自分も、きっと傲慢なのだろう。 ・変化が加速する社会において、努力は未来への不安を消すための癒しである。 →あまりに世知辛い。その努力が役に立つかは分からないし、自分が努力したから成果になったわけでもない。ふるい落とされたら自己責任。そりゃ鬱にもなる。 ・異なる立場の他人はあり得た自分と思うことが、異なる思想をもつ人同士をつなぐ鍵となるのではないか。 →これ難しい。この本では強者が弱者を排除するという構造で話を展開してるけど、私は弱者も強者を排除してると思ってる。いざ強者が弱者の価値観を理解したとしても、弱者にとっては強者が自分たちを排除してきた現実は残ったまま。排除された怨念を手放して、弱者が強者をあり得た自分だと思うことはできるのだろうか。 ・わかっててもできない自分を受け入れる →この本で語られたこと含めて「それができたら苦労しないんだよな~」なんだよな。できない自分を認めたくないと駄々こねていくのが成長であり努力と思いたい。 全然関係ない話だけど、「〇〇すればうまくいく」系のコンテンツにモヤるのは、偶然性や複雑さを無視しすぎな表題だからかと気づいた。個人の悩みに訴求したコンテンツなんだろうけど、悩みは1つの原因では構成されてないし、悩みを抱えたまま生きてもいいんじゃないか。 あと、もう本ですらないものも紹介しちゃう。この本とPEOPLE 1の鈴々の歌詞になんとなくシンパシーを感じた。 - 2026年3月15日
会話の0.2秒を言語学する水野太貴読んでる2章まで読んだ 言語学による説明を通すことで、言語は難解であり、会話は解釈の上で成立する不安定なものだと改めて感じた。 本筋とはあまり関係ないけど、読みながら考えてた。 ・言語は現代社会の仕組み上、万能であるように見えてしまう。 ・言語では全てを表現できないことを承知した上で、言語化を諦めない。 自分はこのくらいのスタンスでいるのが気楽だなと思う。言葉は完璧じゃないし言語化は持て囃されるほどのものじゃないと思うけど、思考や感情を人と分かち合うために言語化を頑張りたい。
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