ジジェク、革命を語る

ジジェク、革命を語る
ジジェク、革命を語る
スラヴォイ・ジジェク
青土社
2014年4月9日
2件の記録
  • ジクロロ
    ジクロロ
    @jirowcrew
    2025年12月27日
    あらゆることがメディアを通じて暴露される、 我々にはもはや私的な生活がない、と人々は 言いますが、私の主張はそれとは逆です。 我々には、もはや公的な生活がないのです。 今実際に消えつつあるのは、公的な生活そのもの、 厳密な意味での公共圏です。 公共圏とは、要するに、個人的な特徴、欲望、トラウマ、性癖の束としての私的個人には還元できないある象徴的な役割を人が果たす空間のことです。 公的領域は急速に消えつつある。 それなのに、なおも我々は公的領域を私的領域として扱うのです。 (『スキャンダルの公的使用』2013) 電車内でスマホを見ながら笑う人、涙を堪えている人、顰め面の人。自分もその一人。 「もはや公的な生活がない」とは言い過ぎな気がするが、少なくともモビリティ(移動)空間においては私的領域になっていると感じる。 ウェブ上においては公私が入り乱れる。 そこは公的領域とも私的領域とも言い切れないただただフラットな空間がただただ広がっていく感じ。 露出か匿名かの二択。 前者は後者の慰みともおもちゃともなる。 WEB、大文字の「蜘蛛の巣」。 捕らわれたものは口から紡がれる透明な糸により ぐるぐる巻きにされる。 藻掻かなければ、忘れられる。 露出と匿名と、そのポジショニングに善悪はない。 ただその空間で「善悪」を話題とするところに、 善くも悪くも、火が上がる。 火はまず「私」につく。 そして火は「私」から「公」に燃え移る。
  • ジクロロ
    ジクロロ
    @jirowcrew
    2025年12月14日
    「そういったわけで、私は自己中心主義が悪だとは思いません。したがって、邪悪な人とは、自己中心的な人のことではありません。自己中心的な人は、ただ「自分の利益について考えている」だけです。真の自己中心主義者は、自分の利益のことで忙しく、他人を不幸な目に合わせる暇などありません。悪い人間の最大の悪徳は、自分よりも他人にかまけることです。 …… 自己中心的な自己愛の反対は、利他主義でも、公共の利益への関心でもなく、妬み、ルサンチマンであり、それによって私は自分の利益に辿らって行為することになります。」 (「31 道徳を説くのではなく、自己中心主義を」) 「自己中心」、「自己の利益」とは、自己の置かれた社会において、自分が最大限に幸福に過ごせるように行為を重ねること。 「他者にかまける」と、おのずと他者を害することが目的となってしまう。 綺麗事を抜きにすると、すべての他者は自己にとっての手段であり、「結果的に」他者を害することになってしまったとき、「自己の利益」を損なわないように関係性を保つにはどうすればよいかを考えればよい。 そう考えると、これもまた「結果的に」、道徳の重要度が上がるということ。
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