布団の中から蜂起せよ: アナーカ・フェミニズムのための断章

19件の記録
いちのべ@ichinobe32026年6月5日読み終わった読了! 前々から話題になっている本だったので、数ヶ月前に図書館で借りた……が、読めないまま返却日が来てしまう。最近になって、ポリタスTVの「ニュースめった刺し」を観るようになり、おふたりの「めった刺し」っぷりに慰められたり励まされたり一緒に怒ったりするうち、「高島鈴さんってあの本の著者か!」と気づき、「戦争させない0529」でのスピーチにも胸を打たれ、購入した。 高島さんの文章は、その内にある熱量によって、「読みたい」欲望に薪をくべられて、どんどん読めてしまう感覚があった。もっと高島さんの書くものを読みたくなる、中毒性めいたものも感じた。 > 言葉による扇動は基本的に暴力であり、もっと言えば悪だ。「マシ」なアジテーションはあっても「良い」アジテーションは存在しないと思う。それを理解していてなぜアジテーションを続けるのかと言えば、人間の生を冒涜・蹂躙する仕組みに加担するアジテーションが幅を利かせているこの社会では、人間の生をあらゆる形で擁護し、生を脅迫する構造を破壊するためのアジテーションが抵抗手段として浮上するからである。(p253) それは多くの文章が「アジテーション」として書かれていることにも拠るのかもしれない。今の自分は基本的に「生」へ向かう気持ちに満ちているため、その文章を「暴力」とは感じず、心地よいのかもしれない。 一番印象的だったエピソードは「パーソナル・ヒストリー」で、追記の最後の一文があまりにも平熱でうつくしい。


いちのべ@ichinobe32026年6月4日読んでる「第6章 秩序を穿つ──ナショナリズム/天皇制に抗する」まで読む。 「ゆるい合意でがんがん拡大するあやふやな概念」(p181)への危機感が、特に現状に響いた。たとえば「メロい」という言葉の広まりも、それが「あやふやな概念」だからなのでは、など考える。 また、「景観」と暴力についても、明確に考えたことがなかったので刺激的だった。 > 景観を受け入れることで暴力を見逃してはいないか。その見落としが暴力の進行に加担しているのではないか。(p187) > それでも意思表示が景観として立ち上がってきたとき、空間の意味は確かに民衆によって乗っ取られている。デモの意義はそこにある。暴力的静寂に支配された景観を掻き乱し、そこに潜むものを暴き立てるのだ。(p190)
いちのべ@ichinobe32026年6月2日読んでる「第2章 蜂起せよ、〈姉妹〉たち」を読み終える。 > 今ここでシスターフッドをうたうのは、私が他ならぬあなたと信念を共有できないか、胸ぐらを掴んで煽るためである。共に立たないか。わずかな抵抗であっても、あなたがこの戦略を信じてくれるなら、あなたはシスターだ。(「シスターフッド・アジテーション」p60) 最高にカッコよくて血肉の通ったアジテーションだった。



いちのべ@ichinobe32026年6月1日読み始めた「第1章 アナーカ・フェミニズムの革命」まで読む。 まず、高島さんの文章が好きだ!と感じた。うまくは言えないのだけど、熱意をもって書かれていると思うのに、ひんやりした質感があって、グルーヴがあって、何より読み手に語りかけてくれている体感がある。 > 生きていることは苦しい。変わらないこの世が憎い。しかし何の力もない。そのようなわれらが、ばらばらに生きて、ばらばらに抗う。この蓄積が、必ず巨大な「変わり目」を生み出す。私はそう信じている。(p7) 今日いちばん響いたところ。

しらすアイス@shirasu_aisu2025年9月8日読み終わった何度も繰り返され強調されるアジテーションにはあまり乗れなかったんだけど、各章のBOOK LISTが良くて、読んでみたい本がたくさん見つかった。 あと、地元についての章を読んで、自分がこれまで触れてきたアナキズムと、最近興味のある地理学や都市論がぼんやり繋がってきそうな感じがした。
いくぽぽ@ikureadsbooks2025年3月26日読み終わったこれを読みはじめた直後に、丁度コテンラジオの伊藤野枝の回を聴きはじめて、私の中で霧が立ち込めていてジタバタしていたいくつかのことが晴れたようだった。次に何を勉強するべきかがわかり、私がどのように生きていきたいかを考える手助けとなった。あと、私も何もかも書き尽くす、遺していく。 生きている意味だってそもそもない。「幸福」になることが生の目的なのであれば、私には死ぬ理由しかない。だからこそ「幸福」を疑う。現状の中で自分一人が満ち足りたとして、そこに何の意味があるというのか?(p.11)





