ガリア戦記

3件の記録
ジクロロ@jirowcrew2026年1月20日ちょっと開いた「兵士諸君、いまこそ諸君が求めた好機到来だ。敵は足場が悪く、不利な場所で動けない。これまで諸君が何度も将軍の前で発揮した武勇を、われわれ指揮官の前で発揮してくれ。そして、将軍がここにいてこの場を目のあたりにしているものと考えよ。」 (p.240) 「諸君のこれまでの武勇とすこぶる上首尾であった戦闘を想い起こせ。諸君はカエサルの指揮下で何度も敵を打ち負かしてきた。そのカエサルがいま目の前にいるものと考えよ」。 (p.336) カエサル不在の中、ラビエーヌスは兵士らをそうやって激励した。 兵士らは「カエサルのまなざし」に応えようと奮起する。 その不在のまなざしのもとに、思いが一つにまとまることの凄み。兵士たちは自分の持つもの以上の力を発揮し、正念場を打開する。カエサルの当時の圧倒的なカリスマ性が伝わってくる。 「神のものは神に。カエサルのものはカエサルに」 なるほど神と対句法(対照法)のレトリックをとられるほどの、力を授ける「まなざし」である。 でもガリア戦記って、カエサルが著者なんだよなー という感慨にふけるのもまたよい。

ジクロロ@jirowcrew2026年1月16日読み終わった「私はおまえたちの豪胆を大いに称賛する。 おまえたちは陣営の防御設備にも、 高く盤える山にも、町の城壁にも 止められなかった。 だが、それだけにいっそう、おまえたちの 手前勝手な思い上がりを非難する。 なせなら、おまえたちは 将軍より自分たちのほうが 勝利や作戦の結果について 知恵が働くと考えているのだから。 私は兵士が節度と自制を 武勇と豪胆に劣らず備えることを望む」。 このように述べた演説の最後にカエサルは 兵士らを励まして 「だから、動揺することはないし、 地勢の不利から起きたことを 敵の武勇の手柄とすることもない」 と語ったのち、以前から考えていたとおりに 撤退策を意図して軍団を陣営から引き出し、 格好の場所で戦列を組んだ。 (p.326) カエサルをはじめとして、 戦士たちの発言はとにかくかっこいい。 その発言の場面も、ここぞというところに 限られているから、なお胸に響いてくる。 戦時においては、 おもねりも、悠長な言い回しも 自己陶酔の雄弁も役に立たない。 とにかく率直で簡潔な物言いだけが、 戦に明け暮れる兵士たちを鼓舞する。 常に自身の生命を賭している そんな状況だからこそ、 「冗長性」に属するレトリックは 全く通用しないのだろう。 そして、どの戦士たちも、 味方の兵士たちの士気を鼓舞する際、 「武勇」という言葉の用い方、扱い方に、 細心の注意を払っている。 その扱い方は、どこか「傷心」のケアに近い、 そんな印象を受ける。 読んでいるこちら側にもビシビシと 伝わってくるほどにまっすぐな敬意と意志が その言葉の端々に宿っているからこそ、 兵士らは、彼らの止むに止まれぬ欲望に、 自らの命を投げ打ってでも 従ってしまうのだろう。 味方の「武勇」に最大の信を寄せ それに賛辞を惜しまないのは、 戦いに明け暮れた時代において それが最大の徳であったからであろう。 とにかくずっと戦い続ける、 ほんとうに、あきれるくらいにずっと。 そしてこの写本は、行軍の途中で途切れる。 だから彼らはまだ、 時空のどこかで戦いを続けている、 そんな気がする読後感。 そんなカエサルも意図しなかったであろう 書物としての旅路の偶然性に支配された その終わり方に、紛失されたその後の行軍に、 この戦記の「生命」というものを感じる。

