されど私の可愛い檸檬 (講談社文庫)

4件の記録
mimo@mimorial2026年5月9日読み終わった『されど私の可愛い檸檬』読了。 うわ〜〜〜〜〜うわ〜〜〜〜〜!!!! 話がどう転がっていくかそわそわ見守ってたら、「自分がどうしたいか」で決断することの難しさ!!!??! いろんな人にいろんな角度から同じ内容で詰められて、主人公が出してくる反論を見る限り、「自分がどうしたいか」も精密に考えすぎているというか、言葉に縛られているんだろうなあ。わかる、全然わかる。わたしも言葉に縛られ勢だったし。だった。多分。過去形。 タイトル回収、ポンコツはポンコツのままでいいと言ってくれた彼女の視点での「可愛い檸檬」なんだなあ。
mimo@mimorial2026年5月7日読んでる『ドナドナ不要論』読了。 変わってしまった奥さんの冷たさに、古傷をぐしぐし抉られてヒッ…となった。怖かった。「自分の子どもなんだから」とかないよ。自分にいっぱいいっぱいの人には、子どもだろうが家族だろうが、配慮する余裕なんかない。子どもだからって配慮なんかされない。守られない。あの日々を思い出して、身体が急激に冷えてしまった。なのに変な汗が出る。寒い。 肝心のドナドナ不要論だけど、不要というより忌避だったんだろうなと思う。ドナドナが持つ悲しみにあてられたくなかった。避けたかった。でも現実の悲しみは避けようがなく、容赦なく、滝のようにドシャドシャ降ってくる。その濁流に頭まで浸して初めて、あ〜ここにあるのは悲しみだけではないな、なんかいろいろあるや、って気づく。ドナドナもそうだったんだな、って気づく。 子どもの頃は「なんでこんな悲しいばっかりの話があるんや」と思っていた古典も、なんやかんや経験してから読んでみると悲しいだけじゃないことに気づくじゃない?あれなのかな。ギュッと圧縮して言っちゃうと。いや圧縮し過ぎか。圧縮はあんましたくないな、間接的に気持ちから目を背けちゃうからさ。
mimo@mimorial2026年5月4日読み始めた『トロフィーワイフ』読了。 開いたが最後、ウィダーみたいにじゅるじゅる吸い続けてしまう、舞城王太郎の文章。30分のタイマーを無視し、話を読み終えるまでお風呂を出られなかった。 自分が作り上げた「自分」に圧倒的に自信があったから、誰でも良かったみたいな言われよう(言ってない)(思われてもいない)がショックだったんだろうなあ…だからこそ自分がいなきゃダメ!な状態に身を置きたかったんだろうなあ…。 と、棚ちゃんの気持ちがわかる一方で、旦那が何を言いたかったのか何に到達したのかしてないのか、わからなかった棚ちゃんの方こそ、旦那が誰だってどうでもよかったんじゃない?と感じた。必要としてくれて、崇めてくれりゃあ誰でも良かったんでしょ。…と、指摘されるのも怖くて逃げちゃったんでしょ。 その相手じゃなきゃ得られなかった幸せはあるよ。だから誰でも良いってことはない。でも幸せはPOV(一人称視点)だからさ。プレイヤー次第なわけ。
