エミリーに薔薇を

9件の記録
阿久津隆@akttkc2026年8月16日読んでる「エミリーに薔薇を」もよくわからず読んでいたのでまた頭に戻って、特に難しいことが書かれているわけではないがまた妙に目が滑る感じで、すいすい目を滑らせているうちに眠くなって早々に寝た。そろそろフォークナーから離れる頃合いなのだろう、と思う。
阿久津隆@akttkc2026年8月14日読んでる起きると5時で、なんで目が覚めるのかな、と思いながら開いて「正義」を最初から読んでみると、最初はクェンティンとかの語りで始まって、彼らが週末に遊びにいく農場のサム・ファーマーズという男が、クェンティンっぽい少年に向けて物語る、そういう構造であることがわかって、そんなこともわからないまま、これはいったい誰が語っているのだろう、と思って読んでいたわけだった。村の頭がいて、世継ぎはふたりいたが、頭が死ぬとほぼ同じときに長男も死に、次男はひきこもりで、世継ぎを断り、それで頭の妹の子どもであるドゥームに白羽の矢が立った。このふたりの死がドゥームによって企てられたことなのかどうかはよくわからず、何かをほのめかす言葉はあったが、わからず、ドゥームは座礁した蒸気船を村まで運ばせて、それを自室にするというか、家を改装して、それを繋ぎ合わせるみたいな、そういうことをやるようだ、よく光景が想像できなかったが「赤い葉」で見た光景だ、それに向けて村人たちががんばっているところだった。
阿久津隆@akttkc2026年8月11日読んでる再開した再開。「正義」を読み始めると「キャディとジェイソン」とあって『響きと怒り』の姉弟だ、語り手は誰だ、それにしても、また会えてうれしいよ、クェンティンはどうしてる? そんな気持ちになりながら数ページ。
阿久津隆@akttkc2026年6月23日読んでる開くとインディアンたちは沼にいる側仕えの黒人をとうとう追い込み、「さあこい」と言い、「おまえはりっぱに逃げたんだ。ちっとも恥じることはねえんだ」と言って捕まえ、一行は墓地に向かって進んでいった。黒人は次第に胸を喘がせ始めて、口を大きく開き、胸を上下にはずませ、目玉を回して、渡された食べ物を噛んで、口からこぼれさせた。「こい」と呼ばれ、「待ってくんな」と言ってひょうたんから水を飲み、喘ぎ喘ぎ、水を飲み、それは口から溢れて泥の塗られた胸を伝って流れていって、待つ人たちは、どの場面でも、真剣に、端然と、辛抱強く、執念深く、待っていて、それは供される存在への敬意とかなのだろうか。 「赤い葉」が終わるといったんここまで。また今度。
阿久津隆@akttkc2026年6月22日読んでる続きを読んで、側仕えの黒人が逃亡していた。『アブサロム、アブサロム!』のサトペンの百マイル領地から逃げ出したフランス人建築家のことを思い出したが、こちらは集落の頭が死んで、側仕えの人間は墓でも側仕えをするということで墓に一緒に入らないといけないらしかった。日が暮れて、川岸を這っているとヌママムシに噛まれた。 p.44 蛇はへまな噛みつき方をしたので、彼のうでにまるで剃刀の傷のような長い二つの傷をこしらえ、勝手に勢いこみ怒りたけって半分へばってしまい、自身の不手際と猛毒の怒りによって一瞬完全に身動きできなくなってしまったように見えた。「がんばる(オレー)だ、じいさん」と黒人はいった。そしてその頭にさわり、それがふたたび三たび自分の腕を深く、引っかくように、不手際に、噛みつくのを眺めていた。「これというのも、おらは死にたかねえからだ」と彼はいった。ついでもう一度その言葉を―「これというのも、おらは死にたかねえからだ」―とゆっくり、ぼんやり驚きながら、おだやかな口調でいったが、あたかも、その言葉が口からひとりでに吐かれるまでは彼自身そんなこととは知らなかったようであり、それともまた、それまで自分の欲望の深さと広さを知らなかったかのようだった。 自分の腕を噛むヌママムシを応援する感覚の想像のつかなさがいい。死にたくはないんだなあ、やっぱり、そうなんだなあ、と思いながら読んで、腕はそのあと、腐って、悪臭を放っていった。
阿久津隆@akttkc2026年6月21日読み始めた「赤い葉」。モケチュッベが亡くなってイッセティッベハが新しい頭になるとのこと。モケチュッベという字面に見覚えがあるような気がした(あとで調べたらイッケモチュッベだった)。









阿久津隆@akttkc2026年6月1日買った@ 本屋B&Bフォークナー祭、短編まではいいかな〜と思っていたが短編も読みたくなってきたので買った。『土にまみれた旗』 → 『八月の光』 → これ、という予定。








