現代思想 2021年11月号 特集=ルッキズムを考える

現代思想 2021年11月号 特集=ルッキズムを考える
トミヤマユキコ
中村桃子
堀田義太郎
山田陽子
広瀬浩二郎
森山至貴
田中東子
西倉実季
青土社
2021年10月28日
10件の記録
くりこ@kurikomone2026年2月10日まだ読んでるエンハンスメントとしての美の実践 落合陽一の「身体の拡張」をはじめとしたエンハンスメントに違和感を感じていたので、批判的文脈で紹介されていたサンデルの「人間性論法」を知れたのはよかった。(私たちの能力才能は、ある程度運に左右されたもの(被贈与性)であるからこそ、自分の存在に対して完全な責任を取らなくて済んでいる。エンハンスメントが強化されれば「選べるもの」になる為責任は拡大し、社会の連帯の基盤が掘り起こされる)


くりこ@kurikomone2026年1月25日まだ読んでるp.83 高島鈴さんの論考 頭蓋骨の形から人間の能力の在り方を分析をする疑似科学「骨相学」が、今はやりの「パーソナルカラー」「骨格診断」(人間の生まれつきの身体的特性から似合うファッションを提案する思想)の延長にあるという指摘は面白かった。どっちもほとんど興味ないから・・・。





くりこ@kurikomone2026年1月24日読み始めた古本屋で安くで購入。 p.82まで 自分の内面化しているルッキズムがどこからきているのか考察するのにすごく良い! 「キャスターセメンヤと大坂なおみとルッキズム」 黒人のセメンヤ選手の身体能力の高さを、性分化疾患と病理化して排除しようとする姿勢は、ヨーロッパが植民地支配をするにあたって近代医療を普及させ植民地支配されている人々を病理化していく過程と相似形! ーーー 読みながら自分のルッキズムについて考えていたら自分のジェンダーアイディンティティが一体何なのか分からなくなってしまった。 私が女性をアイデンティファイしている一番の理由は母親との関係にある。幼少期の時から、ごりごりのミソジニストの母親は私の女性性を否定し続けたのだ(私に性のにおいがすると酷く嫌悪して否定的な言葉を投げかけてきた)。だからこそ私は女性として生きたいという思いがあって女性ジェンダーであるのだけど、母との関係が違うものだったら、ノンバイナリーだったり男性だったりするのだろうか? (これがシモーヌドゥボワールが「女は女に生まれるのではない、女になるのだ」って言ったことを象徴してるのだと思う) あと、自分が化粧している時、客体化された私として化粧をしているのか、主体的に化粧をしているのかよくわからない。女性らしさを演じたら特をするシーンは沢山あるからついそうしてしまう。でもそれは男性に迎合することだから自分でも厭らしいなと感じる。栗田隆子さんが本に書かれていた「男性は女性をパーで撫でるか、グーで殴るかしていない」という言葉を毎日思い出さざるを得ない --







くりこ@kurikomone2026年1月17日読み始めた古本屋でゲット。 「ルッキズムとレイシズムの交点」 個人の中に集団の声が棲む、カテゴリー化や価値観、規範といったものが内面化される(他者製の獲得という否定的経験)、めっちゃわかる…多くのマイノリティがけいけんしてるのでは? 自分の声を聴くことと話すことについてかんがえた。




曖昧模糊@sukonbu_uo_ou_2025年5月12日読み始めた読んでるKindleで。 関心はあるものの、ルッキズムという概念への解像度が低いと思い、購入。 ある特定の容姿・身体的特徴へのポジティブ・ネガティブな言葉があり、その言葉で、他者に勝手に評価される。望んでいないのに他者の評価軸に乗せられる暴力性について考えていた。 「ありのままの自分を愛す」とはいうものの、自分を愛すときもその軸を使って見ていて、そこからは逃げられないことに、頭を掻きむしるしかない気持ち。 例えば「鼻が低くても自分を愛してあげればいい」は、「鼻が低いことはネガティブなことだけど」という評価があり、「それでも好きでいよう」「鼻が低いネガティブなことは受け入れて」という他者の評価を受け入れる、みたいなところにモヤモヤしていた。 P245「ことばからルッキズムを揺さぶる もっと多様な容姿の基準を!」中村桃子 言語学者の中村桃子さんが、「ことばのラベル」とルッキズムを常識にしている「言説」からルッキズムを言葉から乗り越える可能性を探る。 まだ途中だけど、モヤモヤ解消のヒントになりそう。









