聖地アッシジの対話
2件の記録
よろこびイサンディ@yorocobi_isandy2026年9月24日読み終わったヨゼフ・ピタウ氏と河合隼雄氏の対談集ではあるが、ピタウ氏は崇め奉られることの多い人生だったことも起因したのだろうか、ピタウ氏が河合氏の話を聞き、応答するという構図が殆ど成立することがなく、河合氏が聞いてばかりだった。 或いは河合氏もそのことに気付いていたかもしれないが、腹を立てるそぶりも見せず、スッと受けに回り、フランチェスコについての質問を向ける辺り、今もってなお語り継がれる程のカウンセラーであった河合氏の腕が鳴った場面であった。 河合氏の考え方の妙味を味わいたいのであれば、河合氏の単著を勧めたい。 加えて、この本を端緒として、河合氏を知ることが勧められることはあり得ない。 ただ、カウンセラーとしての河合氏を知りたいのであれば、数多ある河合氏と対峙した対談本の中でも、この本は屈指の出来栄えではあるまいか。 万人に一読の価値が必ずしもあるか、と言えば、難しい。 何冊か、河合隼雄氏の著作や対談本を読んだ向きであれば、読まれても差し支えないだろう。 この本の味はおそらく、河合氏の著作を何冊か読了したあとでなければ、分からない。
よろこびイサンディ@yorocobi_isandy2026年9月21日読んでる題名に「対話」とあるけれど、対話の応酬がはじまったのは100ページを超えた辺りからだった。 河合隼雄氏は明恵上人についての単著があり、また、ヨゼフ・ピタウ氏はアッシジの聖フランチェスコに詳しい。 明恵上人と聖フランチェスコの類似性について、河井氏の明恵上人についての単著の読者から指摘があり、それから河井氏が聖フランチェスコについて、興味を深めていった。 その帰結として、本書での対話が実現した。 明恵上人と聖フランチェスコの類似性については、いつだったか、おそらく河井氏の著作を読んだ際の知識として、僕の体内にはあった。 シルバーウィーク初日に訪れた神田神保町の長島書店で背表紙を見て、すぐさま購入を決断し、読み進めている次第である。 明恵上人と聖フランチェスコは同時代人であり、且つ彼らのそれぞれの行動が似通っている。 世界があまりに遠大で、また、共通の世界観や宇宙観すらあり得ない時代に、このような同時性が生まれる不思議にはとても興味がある。 これもこのシルバーウィークに読了を迎えたい一冊だ。