答えより問いを探して 17歳の特別教室
8件の記録
みたらし団長@mitarashi_dancho2026年3月26日読んでる文学は「言葉とは何か、ひいては人間とは何か」 哲学は「考えることとはは何か」 を研究する点で、人間活動を研究する他の社会科学よりも根源的な問いのようだ。 「答えより問いを探す」という言葉に、「研究するならどんな分野でも当たり前じゃん」と始めは思っていた。でも、「人間としてより根源的な問いを見つけること」そのものが役割だと考えると確かに性質が少し違うのかも…?と思い始めている。 自分たち理工系の研究は問いを立てることは当然重要だが、より進んだ答えを得ることが最終的な目的であり、解けるかどうか、実現可能かどうかに大きな注意を払っている。


みたらし団長@mitarashi_dancho2026年3月26日読み始めた読み始めたが「学校の勉強は面白くないよね」という前提が自分にはあまりしっくりこない。 教科書を読むことよりも体験や実践を通じる方が良い、みたいな思想も正直共感しかねる… 体験や実践は本質的にとても大事だ。しかしそれだけでは、結局「個人で感じられること」の中に完結する狭い世界だろう。 世界中の人間が何百年、何千年と紡いできた知識や経験を体系的に学ぶことは、書物を読むことでのみ為される。それは個人の経験を超えたところに容易に連れて行ってくれる。それって物凄く面白いことだと思うのだけれどな… 体系的な知識と、自分の経験と、その両輪が良いバランスで回っていくことが大事なのに、後者ばかりが取り上げられるのは、詰め込み教育が良くなかったという立場に基づくアンチテーゼだろうか。詰め込めるうちに詰め込んだ方が良いとも考えられるけどなあ…
みたらし団長@mitarashi_dancho2026年3月26日読んでる一方、旧態の学校の形式に疑問を抱いて「新しい学校」を作るという試みが文科省認可であったことは初めて知った。上の者が下の者を「管理する」という思想は戦後日本が得意としてきた高い工業生産性に結びつき、一定の成果を生み出して来たのだろう。まだ未熟な学ぶ者は大人が導くことも必要だろう。しかし、そうした管理体制を意識的に取っ払う学校もあるのは面白い試みだと思う。世の中、色々な教育を受けた人、色々な経験を持つもの、違うバックグラウンドを持つ人がたくさんいた方が良い。社会が変わっていく中で、そうした環境で育った人達が新しいリーダーになっていくこともあるだろう。





