『こころ』異聞
6件の記録
鷲津@Washizu_m2026年3月13日わたしの本棚内容は忘れてしまっても誰しもが手にしたことがある夏目漱石の「こころ」 気軽に読み返すには重い長編ですが、いつまでも記憶に残る小説です 若松英輔さんが書いた「こころ」に関する著作。解説本ではありません。時代背景や小説の語彙を丹念に拾い、考察されたエッセイです 若松さんの意見に同意できる部分とそうでない部分もありますが、今まで意識しなかった気づきがいくつもありました そのひとつに、『私』がこの物語を語り始めた時間軸があります。『先生』と死別した『私』が、どれくらい時間を経て語り出したのか…恥ずかしながら、今までこの思いに至ったことはありませんでした。単に小説の曖昧な設定だと見過ごしていましたが、若松さんは序盤でここに光を当てます。そして、何故『私』が語り始めたのか、その意味についても言及されています 目に見えない「こころ」を漱石が表現するにあたり、様々なエピソードが語られます。いくつかのエピソードは「相同」の形を成し、人の心の変容を印象づけるとともに、『先生』の心模様を明らかにします。この小説が読む人それぞれで印象が違うのは、自分自身との「相同」を見出し、その時々の自分と照らし合わせてしまう…人それぞれ受け止め方が違う理由がここにあると思います あとがきに、私も長年疑問だった事項について触れられています 連載終了後、若松さんの講演で受講者から質問がありました 『「あなた、あなた」と「奥さん」が「先生」の話をさえぎったところの意味がよく分からないというのである。』 これに対して若松さんはこう書かれています 『あるときまで、私は「奥さん」の沈黙を読み取ることができなかった。(中略)『こころ』で、男性たちはよく話す。じつによく話す。しかし、女性たちは多くを語らない。多くを語らないということと、多くを感じていないということは別だ。多く、そして、深く感じたからこそ、語らない。そう生きる人は、私たちの周りにも多くいる。『こころ』を読むことが、人間の心にある何かを読み解こうとする営みだとしたら、読者である私たちは、文字だけを「読む」ことで終わりにしてはならないのだろう。』 連休中にこの本を読み進めながら、『こころ』を再読出来て、とても有意義でした。「千年の読書」での三砂さんの言葉を思い出します 『読書とは第一に、“読んでいる精神の駆動そのもの”のことであって情報の蓄積や検索ではない。ということをたまに素晴らしい本を読むと思い出させられる。』





