
プールに降る雨
@amewayamanai
2026年5月21日
伝奇集
ボルヘス,J.L.(ホルヘ・ルイス),
J.L.ボルヘス,
鼓直
また読んだ
ビクトル・エリセの『瞳をとじて』のなかに出てくる“トリスト・ル・ロワ(悲しみの王)”という名の屋敷。そこの主人はある短編からその名を取ったという。
その短編が、この『伝奇集』内の「工匠集」の一編として収められている「死とコンパス」。ということで、映画の理解の助けになればと再読。
「死とコンパス」は探偵小説で、真相を突き止めた探偵は作品中最後の舞台となる“トリスト=ル=ロワの別荘”におもむくことになる。
別荘はシンメトリカルで迷宮的な構造をなしており、『瞳をとじて』においても、さも意味ありげに映される二面の神ヤーヌスの像も登場する。
ところが小説内では、“トリスト=ル=ロワの別荘”と書かれるだけで、“トリスト=ル=ロワ”がいったい何なのかは説明されない。
「工匠集」のプロローグには、“トリスト=ル=ロワは、ハーバード・アッシュが幻の百科事典の第十一巻を受け取り、たぶん読まなかったホテルの名前である。”と書かれている。
ハーバード・アッシュとは、本書「八岐の園」の一作品め「トレーン、ウクバール、オルビス・テルティウス」の登場人物。
また、「死とコンパス」には、“マンディエ・モリーナ=ペディアに”との献辞があり、訳注では、“トリスト=ル=ロワという名を思いついたボルヘスの友人で、彼女のベッドルームの壁には、この別荘を描いた地図が貼られていたという。”と説明されている。どっちなんだ。
本書全体がこのように虚構と現実の区別が錯綜し、いまはどの階層で語られているのかと混乱させられる。
しかしむかし読んだときの印象と同じく死ぬほど読みにくい。小説というよりアイデアの簡潔な説明だなと思っていたら、「八岐の園」のプロローグに、“長大な作品を物するのは、数分間で語りつくせる着想を五百ページにわたって展開するのは、労のみ多くて功少ない狂気の沙汰である。よりましな方法は、それらの書物がすでに存在すると見せかけて,要約や注釈を差しだすことだ。”とちゃんと書かれていた。(“〇〇は、〇〇は、〇〇である”という変な文章だけど引き写し間違いではない)
個人的に小説に求めているものは、要約から切り捨てられた行間にあるはずの、生き生きとした人物描写やその関係性の変化、機微といった、ながながと展開される“狂気の沙汰”だからなあ。
けっきょく『瞳をとじて』の理解の助けには特にならなかった。



