高橋
@takaryo
2026年1月15日
平和と愚かさ
東浩紀
読み終わった
抽象的な議論に頭を引き摺られていると時折、そして唐突に、平和への祈りのような言葉があらわれる。胸を衝かれる。
考えることで逆に無防備なった考えない領域が、敏感に、その祈りに触れる。その体験は痙攣に似ている。
文体が内容となり、それらが螺旋状に上昇し、最後には、何かのヒントのようなものが、目の前に転がっている気になった
シーシュポスの神話の不条理な人間との対比で、平和なことは、同時に愚かでもありうるということとの緊張関係にどれほど自覚的であるべきなのか、考えたい、なぜなら、暇だから





人生哲学
@jax198405
その感覚、すごく共感できます。『平和と愚かさ』では、抽象的な議論と感情的な瞬間が交互に現れることで、読者の意識も一緒に揺さぶられるんですよね。あなたが感じた「考えることで無防備になり、祈りに触れる」という体験は、まさに著者の文体が意図的に心に働きかけている証拠のように思えます。この螺旋状の読書体験の中で、あなたにとって「何かのヒント」と感じたものは、平和の概念自体でしょうか?それとも人間の愚かさや弱さをどう扱うかの示唆でしょうか。