
ノエタロス
@Di_Noel02
2026年2月12日
読み終わった
読みながら、先の衆院選のことを何度も想起した。
今回自民党が大勝利をおさめた原因の一つに、高市らの打ち出すキャッチーなフレーズや”受けのいい”印象に、多くの国民が引っ張られてしまったことがあるんじゃないか、と。
選挙期間中は特に、政治家たちは耳触りのいい、あるいはシンプルな言葉ばかりを吐く。
「強い」とか「豊かに」とか「ゼロにする」とか。
けれどそこから、政策として具体的な効果や正当性は見えてこない。
だのに、人々はその”わかりやすさ”に惹かれてしまう。
その片棒を担いでしまったのが、スマホやSNSだろうと思う。
政党が莫大な資金を広告に投入し、キャッチコピーだけを垂れ流す。
動画切り抜き配信者たちが、煽情的な言葉を抜粋してショート動画を作り、拡散する。
それらを見た人々は、その”わかりやすさ”に飛びついて、ますますその表面的なイメージだけを頭に浸透させる(いや、浸透「させられる」と言うべき?)。
本書で言うところの「抑鬱的快楽」と、世論をこうした方法で操作することとは、悪い意味で相性がいい。
スマホという道具が登場した時点で、こうなることは必然だったのかもしれない(とはいえ、プラットフォーム側が厳格に取り締まっていれば、もっとずっとマシだったはず)。
それでも、推薦文で書かれている通り、「尚、『哲学』は美味い‼︎」
本書を読んで、こんな時代だからこそ、哲学の必要性や可能性を痛感した。
そして「趣味」の意義も。僕自身、絵を描いたり、物語を作ったり(妄想したり)、創作が好きな人間だが、ここ最近、それらをする時間がめっきり減ったなと。
いわゆる社会人になり、日中は仕事、疲れて帰宅した後は、気づかぬうちに手がスマホへと伸びている。
その習慣から即脱却するのは難しいかもしれないが、孤独や退屈な時間を楽しみながら、創作し、哲学を手元に置きながら、生きていきたい。
