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芙蓉
@fu_rong_28
忘れっぽい。
  • 2026年9月29日
    残酷人生論
    残酷人生論
    Twitterで昔の討論番組に出ている池田晶子さんを見てその話し方に魅力を感じたのがきっかけで本書を手に取ってみた。 自分の性格上あまり自己啓発本を読んでこなかったものの今の年齢になって何か人生について考えてみたいと思ったときに哲学なら興味があるかもと思っていたのでちょうど良いタイミングだった。 この本には「人生こう生きよ」というような答えは一切載っていない。問いは次々に生まれても分かりやすい御言葉なんてものもない。 p.17「ならば、私はこう言おう。考えるということは、残酷なことである。ぐずぐず悩むことに人を甘やかさない、ありもしない慰めで人を欺かない、人生の真実の姿だけを、きちんと疑い考えることによって、はっきり知るというこのことは、なるほどその意味では残酷なことである、と。」 なんて誠実な言葉だろうと思った。 Twitterで流れてきた動画でしか彼女を知らなかったのに、文章が彼女の声で頭に再生される不思議。 理解しようとしても難しい部分もあったけれど、文章はスラスラと頭に流れてきた。 p.16「考えることは、悩むことではない」 p.16「人が悩むのは、きちんと考えていないからにほかならず、きちんと考えることができるなら、人が悩むということなど、じつはあり得ないのである。」 p.149「信じるものが救われるのは、当然である。なぜなら、救われたくて信じるからである。」 小さい頃の方が「なんで自分は自分なんだろう」という不思議をよく考えていた気がする。 大人になって頭が凝り固まっている。 今後の人生で何度も読み直したいし、他の著書も読んでいきたい。
  • 2026年9月20日
    神鳥
    神鳥
    "美しいものは恐くなければならない。恐いものは美しくなければならない……。" 文庫巻末の解説によると、1993年の単行本刊行時の帯のキャッチコピーとのこと。 身体が言うことを聞かないほどに心を制御できないほどに恐ろしいものを見て、フラッシュバックを起こしてもなお恐ろしいものの美しさに魅入られて、恐ろしいものに追い立てられるように描くことを止められない女性と書くことを止められない男性。 逃げられない恐怖に戦慄する。 ホラーと言ってもいろいろあるし民俗学系ホラーかなとか思っていたらまさかスプラッター系パニックホラーだったとは。 人物像がかなり時代を反映したもので…30歳を過ぎた女性やその家族、ノンデリ男性の描き方に最初は正直かなりの胸焼けを感じてしまった。 でもそれがこの本が書かれた時代のリアルだからと言い聞かせて読み進めたところ、葉子も美鈴も憎めなくなってしまった。いいキャラクターだ。 p.190「およそ生きものの感覚受容器官とはかけはなれた何物かだ。強大なちからを秘め、怒りに燃えながら、底知れない知性さえ漂わせた神の目だ。」 恐ろしいものを前にしてなす術もなく絶望する葉子はまた恐ろしいものに魅入られて生きることを諦められない。 p.223「目をつぶってかっこむ。臭みも脂気もない肉の一切れを奥歯で噛み締める。」 p224「食べなよ。食えるものは、怖くなんかない。」 敵を奥歯で噛み締めて胃袋におさめてやるような気概のある強い女性だ。 p.261「神経だってワイヤーのように図太い。それに私はあれの肉を食べた。食えるものに怖いものはない。私がある限り、美鈴も無事だ。」 恐怖と対峙して以降お互い別人になってしまった部分もある。それを受け入れて寄り添い助け合い生きていく。 覚悟の決まった女性の強さに惹かれる。 でも私は異界でよもつへぐいを思い出して食べられないかもしれないとふと思った。
  • 2026年9月11日
    射手座の香る夏
    ・十五までは神のうち p.128「死ぬってことは、この世界に残るってことだ。死体とか服とか玩具とか、出し損ねたままのラブレターとか、そういうものを全部残すということだ。」 p.128「もしも世界から消えるなら、冬の池に張った薄氷みたいに、一切の痕跡を残さずにいなくなるのがいい。なかったことに出来ない人生は、ぼくには気が重すぎる」 主人公は「巻き戻し」を選ばなかった人だけど、十五の自分だったら絶対に選ばなかったという自信は全くない。 p.106「子供って、すぐに死ぬとか殺すとか言うでしょう。命を軽く考えてるの。きっと、自分のことを神様か何かだと思ってるのね。」 この言葉を吐いた人物の行動には色々思うところがあるのだけど、これこそ大人の考え方だと思う。 子供の視野は狭い。社会に出ればもっと世界が広いことが分かる。 こういうことをよく大人が言うけど、今見えている世界が全てでその中で生きるしかないあの頃の自分からしたら何の助けにもならない言葉だ。 無気力だけど全身全霊だった。 そんな時にこの本で言う「巻き戻し」みたいに「そもも自分が生まれてこなかったら」と考えたことは実際何度もあったように思う。 ・射手座の香る夏 p.39「時には何時間もお喋りをしながら、香ばしい夜気のなかで、星を眺めていたものだ。射手座の匂い、と彼女は呼んでいたけれど、それが学校に植えられたラベンダーの香りだと知ったのは、卒業してからのことだった。」 ・十五までは神のうち p.175「海の向こうの夕暮れが近づいてくるまでずっと、セミたちはどこにもない夏の中で鳴き続けていた。」 ・さよなら、スチールヘッド p.294「鱒たちは川を下り海に出て、そしてまたいつか川へと戻ってくる。彼らが川を遡るのはきっと、そこに誰かと交わした約束があるから。」 ・影たちのいたところ p.355「東の高台に聳える鐘楼を見たとき、あたしは思った。今よりも特別な瞬間は、きっともう訪れない。今この瞬間が、あたしの人生のてっぺんだ。」 全編通してどこかほんのり暗さを感じる世界観で必ずしもハッピーエンドという感じもしないのだけど、瑞々しいこの世界の表現から人物の感情まで伝わってくるのが心地よかった。
  • 2026年8月31日
    二十歳の原点
    二十歳の原点
    p.14『「独りであること」、「未熟であること」、これが私の二十歳の原点である。』 有名な一文。私がこの本の存在を知ったのも3〜4回生の頃だった。 在学中に生協の本屋でこそ買うべきだと思いながらズルズル卒業してしまった。 あれから随分経った今読み終えて、やっぱり当時読むべきだった気もするけど今だからこそ心に沁みたようにも思う。 彼女の思想的な部分の方向性への共感とはまた違うものの、高野さんの言葉は今を生きる私にも刺さった。 私は未熟な学生時代の自分をなんてアホで愛おしいんだろうと思っているから「若さ」「幼さ」「未熟さ」を馬鹿にできない。 彼女は未熟さ、独りであること、決断の必要性、勉強が足りないこと、愛に焦がれていること、理解されない寂しさ、周囲への演技、自分の中の矛盾、それら全てを認識していると日記に書いている。 昨日言ったことと今日言っていることの矛盾を、自分は嘘をついているということまで素直に赤裸々に書き殴っている。とても強い人だ。 彼女は自殺することを逃げることだと書いていた。 でも彼女は最後まで考えることから逃げなかった人だと思う。 私は生きている限りは時折この本を読んで、その時点での自分は何を感じるのか確かめたい。
  • 2026年8月17日
    熱帯
    熱帯
    p.9「汝にかかわりなきことを語るなかれ しからずんば汝は好まざることを聞くならん」 物語の奥深くに入り込みすぎると読み終わったときにここは本当に自分の元いた世界なのかちょっと自信がなくなる。昔はそんな読書体験をよくしていたことを思い出した。 「熱帯」は久々に本の中に迷い込んでいく感覚を体験できた本で、やっぱり森見登美彦の本ではこういうことが起きるんだと思った。 私は今でも「宵山万華鏡」を初めて読んだ日のことが忘れられない。 p.85「この世界のあらゆることが『熱帯』に関係している」 p.91「私の『熱帯』だけが本物なの」 p.137「我々はそれぞれに『熱帯』と出会う』 p.138「我々はまだ読み終えていないということなのだ」 p.208「何もないということは何でもあるということなのだ。魔術はそこから始まる」 p.289「人にはそれぞれ座るべき椅子があるからさ」 p.351「見ようとしなくては見えるものも見えない」 p.484「この門をくぐることを決めたのは君自身なのだよ」 p.512「物語ることによって汝みずからを救え」 p.523「すべての門は君だけのために開かれている」 もう一つ思い出したことがある。 私は幼少期夜眠るのが怖かった。 私の眠れない夜、おそらく父も疲れていて絵本を持ち上げるのが億劫な夜、父はよく私を主人公にしたデタラメな冒険譚を語ってくれた。 その物語が大好きで、話が終わるともう一回とせがんだ。父はテキトーだからすでに思い出せないと言う。 今じゃその物語を私も思い出せない。 語り手のいないあの物語の中の私はどうしているだろう。 「熱帯」は「千一夜物語」だけじゃなくて所々に「不思議の国のアリス」も感じる。 そもそも異世界に迷い込んで元の世界へ戻ってくるというのは大昔からある物語の型。 まぁ元の世界が本当に「元」の世界かは別として。 p.534「ーおまえはどこへ戻ってきたのだ?」
  • 2026年8月17日
    写楽・考 蓮丈那智フィールドファイルIII(3)
    p.231「民俗学は孤独な学問だ。調査と研究の果てに見つけるべき答えは、自らの中にしか存在しない。」 p.233「見える絵が見えなくなるとき、見えない絵が見えてくる」 蓮丈那智を見ていると分野は違えど自分が学生の頃に教わっていた凛とした女性の教授に「その根拠は?」って詰められたのを思い出す。 人文学ではこの根拠を出すのが難しいからこそ重要だと思い知った。 社会人になってから民俗学ももう少し齧ってみたかったなと思い始めてフィクションで民俗学を扱うものをちょこちょこ読むようになった。 民俗学は歴史学の一部とされる見方がある。 ただ文献史学と違って為政者の残してきた資料ではない口頭伝承や伝説の類まで扱うことができるのが、文学研究と通じていて私は好きなんだと思う。 そういう懐の深さを感じる民俗学は確かに小説やミステリーにも馴染む題材なんだろうなと改めて思った。
  • 2026年8月9日
    女の園の星(3)
    変な漫画というのは素晴らしい。 自分の通ってた中学校の校舎の匂いをなんとなく思い出す。この漫画は高校だけど。 p.122「おじいちゃんと猫は相互扶助が完成してんだよ あとはお前が頑張れよ」 読んだ本や漫画の気に入ったフレーズをメモしたくて書いてるけど、いつか漫画の内容を忘れた頃にこのメモ読み返しても何のこっちゃ分からなくなりそう。
  • 2026年8月6日
    往復書簡
    往復書簡
    久々に帰った実家の本棚から持ち出して再読。 初めて読んだのはもう随分昔のことで内容もかなり忘れてたけど、当時も一気読みしたことを思い出した。 この本は書簡形式で語られる短編集。 手紙は本来宛先の人間だけに読ませることを前提に書かれたもの。 それを赤の他人である自分が勝手に覗き読んでしまったようなドキドキ感。 最初の数ページは他愛もない他人の内輪ネタなんかが書いてあると思いきや… p.19「この手紙の送り主は本当に悦ちゃんなの?」 何だか急に雲行きが怪しくなってくる。 小説なのは分かっているのに他人の秘密を知ってしまった罪悪感。 なのに続きが気になって頁をめくる手を止められない。 離れた場所で別々の環境で暮らす書き手たちが昔のとある出来事を追憶しながら手紙を綴る。 読み進めていくとどうやら各々の間でその出来事への認識がズレているのが見えてくる。 当時は同じ環境で同じ時を過ごしていたはずなのに。 誰かが誤解しているのか、単に各々の見え方が違っただけなのか、それとも誰かの手紙に嘘があるのか。 p.103「頭のいい人が「こうだったんじゃないか」と仮説を立てて、「それもあり得る」となったら、仮説は事実になってしまうことをわたしは初めて知った。」 p.105「でも、仮説で事実を知ったり、思い出が変わることだってあるんだよね。」 私と友人たちとのあの頃の思い出も、もしそれぞれが語ったら全く違う話になってしまうことがあるのだろうか。 今度友人たちと久々に小旅行に行く予定がある。 ちょっぴりこわくてすごく楽しみだ。
  • 2026年7月10日
    営繕かるかや怪異譚 その弐
    怪異を祓うのではなく、怪異と折り合いをつける。 ただ存在する怪異に対して、人間がきちんと暮らせるよう家を修繕する。 だから必ずしも怪異が去るわけでもない。 営繕を生業とする主人公が淡々と家と向き合う様子に毎度ほっとする気持ちと、分かりやすい解決策が存在するわけじゃないことに不安も感じる。 慌ただしい都市とは切り離されたような古い城下町の 古めかしい家で起こる、静かでいながら確かに存在感を醸す怪異たちに日本怪談のじめっとした空気を感じてとても良い。 主人公以外の登場人物たちも怪異に魅せられたり向き合ったりする人間味が面白い。 建物を、道具を、暮らしを、人との繋がりを大切にすることに思いを馳せるような読書だった。 ・魂やどりて p209「育もこれまでさんざん家を弄ってきたが、「手入れ」という感覚はなかったことに気づいた。」 一人気ままな暮らしでつい雑な日々を送りがちな自分にも刺さる一言だった。
  • 2026年6月30日
    プロジェクト・ヘイル・メアリー 下
    プロジェクト・ヘイル・メアリー 下
    ライランドの壮絶な困難を粘り強く解決していく姿勢とユーモアのある人間性は「火星の人」のマークと共通している。 でもライランドは科学者だけど宇宙飛行士じゃない。 宇宙へ行くことを自分で選んだ人間じゃなかった。 自分が宇宙船に乗った経緯、自分が臆病者だったこと、死ぬことへの恐怖、その全てを思い出したときの彼にスーパーヒーローとは違う人間味を感じた。 ロッキーとの関係性もライランドは保護者的な立ち位置にいるわけじゃない。 ロッキーの能力に頼って弱音を吐けるような対等でかけがえのない友だちでいるのがとてもすてきだった。 p.288 「きみはすでに考えを持っている。質問ではない。ぼくはきみを知っている。きみはすでに考えを持っている。考えをいう」 絶望に打ちひしがれているときに自分を信じてこんな言葉をかけてくれる友人が側にいるのは希望だ。 ライランドにとっての結末もハッピーエンドだったと思う。しあわせ、しあわせ、しあわせ! ロッキーは本当にいい奴だ。 その一方で私はストラットの孤独が気にかかる。 p.351 「いまのわたしたちにあるのは〈ヘイル・メアリー〉だけ。どんなに小さかろうと、成功率を高める要素があるなら、わたしはどんな犠牲でも払う。」 彼女はその後どんな人生を歩んだんだろう。 映画には原作とはまた違う展開があったし、キャラクター性や感情の部分を俳優さんの演技で観れたのも良かった。科学的な描写に至っては自分の想像力に自信がないから先に映画を観たことは失敗じゃなかった。
  • 2026年6月8日
    女の園の星 2
    登場人物みんな変な人。 自分も読んでてて変な声で笑ってしまう。 何年も連絡取ってなかった中学時代の友人が唐突に何の脈絡もなくクワガタボーイのLINEスタンプを送ってきたことがある。 あの子もこの漫画の中にいそうな子だったな。 p.130 「自習」 生徒みなこの二文字を「自由」と読み混沌とした空気をつくる 遠慮を知らない小さな世界は大人になって価値を知る ここにいる少女たちはまだそれを知らない
  • 2026年6月5日
    本なら売るほど 1
    若い古本屋とお客さんと本にまつわる物語。 心温まる話から本好きにとってはギョッとするエピソードまで詰まった一冊。 本の流通寿命は意外に短い。 買うか迷っているうちにあっという間に版元品切れだの絶版だので新刊書店では見かけなくなる。 本屋にも図書館にも古本屋にも棚の面積には限りがあって無限に本を置けるわけじゃない。 自分が出会ってときめいた本は積極的に本棚へ迎えていきたい。 でももし私が何らかの理由で急に本を手放すことになったら私の本たちはどうなるんだろう。 p.33 「本読みの心理は複雑なのさ 心ない人に買われるくらいなら心ある人に捨てられたい」 これは初めて聞いた感覚で衝撃を受けたけど腑に落ちた。 そういえば子供の頃父親の仕事部屋に忍び込んで宮尾岳の漫画「並木通りアオバ自転車店」を読むのが好きだったのを思い出した。 自転車屋とお客さんと自転車にまつわる物語だった。 大人になってから接客業に苦い思いを持つようになったのに、それでも小売と客の話が好きなのかと自分に少し驚いた。
  • 2026年5月31日
    プロジェクト・ヘイル・メアリー 上
    プロジェクト・ヘイル・メアリー 上
    「火星の人」と同じくポップなキャラやテンポのいい語りが全体を流れるからこそ、ふと浮き彫りになる孤独に息がとまる。 でも今作はそれ以上に孤独な者同士がついに出会ったときの驚愕と希望の言葉が印象に残った。 p.226 「人類は孤独ではない。ぼくはたったいま、われらが隣人と遭遇したのだ。」 p.396 「なあ、きみはもうひとりじゃないぞ、バディ」とぼくはいう。「ぼくら二人ともな」 一方で地上にも孤独な人間がいる。 一つの信念のために他のすべてを切り捨てる彼女に魅了される。 p.452 彼女は肩をすくめた。「わたしたちはみんな犠牲を払わなくてはならない。救済を確保するためにわたしが世界に代わって鞭打たれる少年になる必要があるのなら、それがわたしが払うべき犠牲よ」
  • 2026年4月27日
    バーナード嬢曰く。 (8)
    改めて私はこのシリーズが好き。 昔このシリーズを読み始めた頃に、当時身近だった人からこの漫画の批判的な感想をかなりストレートな表現で言われたことがある。 その人のことを尊敬していたからか自分の感想に自信を持てなくなりそうだった。 そんな自分が嫌で急いで最新刊まで揃えて読んだ。 頑張って本を読みたい人、感想をカッコつけちゃう人、喋り出したら止まらない人、いろんな人が出てきてみんな楽しそう。 好きな本を合わなかったと言われたときの小さなショックの発言まである。あるあるなんだな。 私はこの漫画が好き。 ただ感性は人それぞれ。それだけのこと。 最新刊が出るたびに思う。 p.130 「小説がすごかったのではありません。 あなたの"読む力"がすごかったのです。 あなたが、それを救いとすると決めただけなのです。」 私の本棚は私にとって世界でいちばん最高な本棚。 私にとってつまらない本は一冊もない。
  • 2026年4月23日
    プロジェクト・ヘイル・メアリー 上
    プロジェクト・ヘイル・メアリー 上
    映画を観る前に原作を読む前に「火星の人」を読みたいという謎の遠回りから始まったSF月間。 「火星の人」を読んでる途中に自分が想定よりも遅読で上映期間が想定よりも短いことに気づく。 SF映画はIMAXかDolbyで観るべしという信念のもと先に映画を観た。 優れた名作は映画の後に読んだって面白さが損なわれるものじゃないでしょう。
  • 2026年4月23日
    火星の人〔新版〕 下
    火星の人〔新版〕 下
    p.254 「ぼくは、きょう死ぬかもしれないという、きわめて現実的な可能性と向きあっている。気分がいいとはいいにくい。」 上巻に続き窮地を乗り越えては窮地に陥る。 相変わらずログのユーモアが軽やかで時折孤独。 脈絡のない不意打ち危機もなければご都合主義的な救われ方もなし。 地に足着いた科学的ハプニングが淡々と続いて、その度にマーク・ワトニーは全力で生き抜く。 登場人物はそれぞれの立場がありながらもただただマーク・ワトニーを救うために全力を尽くす。 p.303「きょうは人生最良の日だ。」 この言葉を読めてよかった。
  • 2026年4月8日
    火星の人〔新版〕 下
    火星の人〔新版〕 下
    マーク・ワトニーは「宇宙兄弟」のムッタと気が合いそう。でもヒビトとの方が話は弾みそう。
  • 2026年4月8日
    火星の人〔新版〕 上
    火星の人〔新版〕 上
    彼と会話しているかのような軽妙でポジティブな語り口は面白いんだけど、それがふとこのログを書いている彼の孤独を浮き彫りにしているように感じられて胸が締めつけられる。 p.168 オーケイ、落ち込むのはここまで。ぼくは現に話をしているーこのログを読んでくれている人と。一方通行気味だが、しょうがない。ぼくは死ぬかもしれないが、かまうもんか、ぼくがなにをいいたかったか、だれかが知ってくれれば本望。
  • 2026年3月27日
    火星の人〔新版〕 上
    火星の人〔新版〕 上
    映画「プロジェクト・ヘイル・メアリー」を観たい ↓ その前に原作を読みたい ↓ その前に「火星の人」を読みたい 公開期間中に間に合うのか
  • 2026年3月27日
    完本酔郷譚
    完本酔郷譚
    ・海市遊宴 p.111 「それには没入法と移転法とがある。」  慧君は自分でも訳のわからないことを言ったが、前の方法なら目の前にあるものの中に入っていくとそこが異境である。後の方法なら、こちらから動いて測りがたいほどの距離を飛び、異境に入る。
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