工場日記
7件の記録
blue-red@blue-red2025年11月9日読み終わった工場に縁ある人間なので、シモーヌ・ヴェイユの思想も著作も解説書も読んだことないが興味わいて手に取ってみた。 読んでいてまず驚いたのは、一年弱の短い期間なのにかなり色んな機械工作作業を行なっていることだった。ヴェイユが携わるのは機械部品製作で、使用する工作機械や行われる作業は、大型プレス機、小型プレス機、フライス盤、歪取り、リベット打ち、穴あけ、溶鉱炉、焼なまし、型抜き、ねじ切りなどなど。製作する部品は絶縁材、座金、缶、コンデンサ用箔、圧着端子、シャント、ネジ、受け座などなど。1日当たりの製作数は数百から二、三千。しかも日によって製作部品がコロコロ変わる。人文的には興味持たれない部分なんだろうけど、当時のディープな機械系工場模様に唸らされる。 さらに、支払い金額や仕損じといったさらなるディテール、職場の人物たちとのやり取りや印象などなど。日記の後半はそれらに基づく思索が増えていく。「何でも見てやろう」ならぬ「何でも記録してやろう」「何でも思索の糧にしてやろう」という気迫がすごい。 本書の紹介文を覗くと、過酷な日々に心身が消耗していく悲壮な記録として紹介されるのが一般的なようだ。それは確かにそうで、嘆きにも似たヴェイユの肉体的・精神的な苦痛の描写は、本書全体に重くのしかかっている。しかしかつての生徒向けの手紙という体裁ではあるが、安直な革命信仰を一蹴するかのように、ヴェイユは次のように自身の経験を肯定する。 「なぜなら、いまこそようやく、この経験に含まれる利益をすべて引きだせる状態にたどりついたからです。とりわけ、抽象の世界を抜け出し、実存をそなえた人間たちのただなかにいるという感覚をいだいています。善い人も悪い人もいますが、いずれも本物の善さと悪さです。」p.242-243









