風立ちぬ/美しい村改版
26件の記録
中川千絵@Chie2026年3月29日読み終わったじゅうぶん読んだ今回は風立ちぬを読みました。病めるときも健やかなるときも、を静かに体現するように生きる恋人たち。行き詰まったところから始まる関係でも、そこからしか見えない景色があるんだな。終盤、自分の山小屋の明かりが、ささやかな生の役割を果たしていることに気づく瞬間が、とても美しかった。
ゆらゆら@yuurayurari2026年3月19日読み終わった「風立ちぬ」 大学時代の友人が最近、堀辰雄に関する本を出して送ってくれた。堀辰雄は読んだことなかったので、まずは一番有名な作品を読む。 男女の愛の物語のようでいて、病身の婚約者や山の景色など外の世界に相対する「私」という現象や自意識への考察・研究、という感触の小説だとも感じる。そういう意味ではプルーストにも通じてたりするのかな。もっと読み込んでみたくなる。 あと、巻末解説に、この作品は、執筆時に堀が読んでたリルケの「レクイエム」をふまえて書いてて、そうした「本によって本を書く」というやり方は、堀の師匠・芥川龍之介が得意としてたことで…というようなくだりがあるのが印象的だった。そういえば、堀江敏幸もそんな書き方してる気がするし、宮崎駿の「風立ちぬ」だって、そうかもと思う。(2026.3.15) 「美しい村」(堀辰雄)。もう一篇の収録作も読む。こっちは「風立ちぬ」より前の作品で、前半は小説を書きあぐねて散歩する話(雑なまとめ…)だけど、後半から「風立ちぬ」の節子のモデルに軽井沢で出会った頃の話に。彼女は絵を描いてるし、私は嫉妬するし、プルーストのバルベック、花咲く乙女たちのアルベルチーヌとの話みたいでもあって、これは!となる。ヴィラに住んでた二人の老嬢の話が気になるなあ。(2026.3.20)

mogu@funifumo2025年9月5日読み終わった二篇が繋がってるかと思う程地続きで美しい 『死のかげの谷』 主人公の感じ思い考え巡らせる事がスラスラと入ってくる あの最後があったから寒々しい切なさだけで終わらず、暖炉にあたっているようなぬくもりが残る 軽井沢書店で購入
骨@se___bone2025年4月29日読み終わった今年の夏は軽井沢に遊びに行く予定があるので、高校生のときぶりに堀辰雄を読んだ。ジブリの「風立ちぬ」のイメージが相変わらず強いけれど、原作(?)は自然描写が巧みでうっとりする中、病の進行と遠からずくる死の別れが冷たく、避け難く横たわっていて、作中の生と死のコントラストに痺れる。 「あなたはいつか自然なんぞが本当に美しいと思えるのは死んで行こうとする者の眼にだけだと仰しゃったことがあるでしょう。」


- zaki.@zaki2025年3月29日読み終わった複数の要素が同時に流れつつもどの要素も強弱をつけ切り捨てないことによって日常を劇物化させない描写が好き。 特に季節感の描写。春まではモノローグによって明記されているが冬以降は日記形式に変化しており飽きない。 また『私』は物書きである事以外は特に説明はされていない為、登場人物と読者を切り離しせず読者の目線が入り込みやすい。
- ごうき@IAMGK2023年12月24日読み終わった読了。風立ちぬのみ(美しい村は以前読んだ)。本当に情景が美しい。今にも消えてしまいそうな微かな生の灯火、それが静かに消えゆく落ち着いた悲しみ、それに捧げる鎮魂歌、全てが美しかった。生きる美しさ、死ぬことの意味、それを超えて生きていくことの沈黙の自立が、ありありと感じられた。数年前、こうやって生きていきたいと願っていたことを思い出したなぁ、、。あとあんまり作品の中で重要ではないのだろうけど、「幸福の思い出ほど幸福を妨げるものはない」って一節が真理のように思えて震えて、けれども本当にそうなのかと、真に幸福を妨げるものは何かと考える必要があると感じたから後で考えとけと未来の自分に伝言。 後美しい村然り風立ちぬ然り、どうも堀辰雄の文章って海外文学っぽいというか、、、。作品の構成上そう感じるだけなのかな?まぁ堀辰雄この2つしか読んだことないから知らんけど。 たまにはこういう作品に手をつけるのも良いね (過去、今は亡きTwitterの読書アカウントに投稿したもの 2026.3.2)
RIYO BOOKS@riyo_books2023年9月16日読み終わった私達の日常生活のどんな些細なものまで、その一つ一つがいままでとは全然異った魅力を持ち出すのだ。私の身辺にあるこの微温い、好い匂いのする存在、その少し早い呼吸、私の手をとっているそのしなやかな手、その微笑、それからまたときどき取り交わす平凡な会話、──そう云ったものを若し取り除いてしまうとしたら、あとには何も残らないような単一な日々だけれども、──我々の人生なんぞというものは要素的には実はこれだけなのだ、そして、こんなささやかなものだけで私達がこれほどまで満足していられるのは、ただ私がそれをこの女と共にしているからなのだ、と云うことを私は確信していられた。

















