成長理論 (岩波文庫 白154-1)

成長理論 (岩波文庫 白154-1)
成長理論 (岩波文庫 白154-1)
ロバート・M.ソロー
岩波書店
2026年3月17日
3件の記録
  • ジクロロ
    ジクロロ
    @jirowcrew
    2026年4月2日
    ロバート・フロストの「黒い小屋」から  この世にわれわれが見ると思う大方の変化は  数多の真理が容れられまた捨てられるがゆえに  こそ起こる という詩句を読んだとき、これはまるで経済のことのようだとの感がすぐに浮かんだ。そのような感じのいく分かが起こるのは不可避なことで、また必ずしも慨嘆すべきこととは思われない。 …… 行き着けるところまで行き着いたかどうかは、もっと先まで行こうとしてみなければ分かるはずはない。 (p.48) 経済もまた、「気分」の問題なのかもしれない。 「行き着けるところまで」というのは、よほどの強い意志がない限り、気分により流される。 そしてまた気分によってはじめた新たな旅は、 往々にして既視感のある観光、という円環運動を為す。 気分もまた、経済においてはひとつの合理であると言えるのかもしれない。 気分なくして成長なし。 気分を支配すること、はじまる行動経済学。 「先まで行こうと」させるからこその成長。 黒い小屋の前にも撒き餌。
  • ジクロロ
    ジクロロ
    @jirowcrew
    2026年3月16日
    以下においては思いきって単純化された話、いわゆる「寓話」を扱うのであることに留意しておいていただきたい。 「寓話(パラブル)」とは、私の辞書の定義によれば、「つくり話または譬え話であって(ただしその話の筋はもっともらしく運ぶのがつねである)、それをつうじて道徳上あるいは精神上の関係が型どおりに説法されるようなもの」である。そこでもし道徳上ならびに精神上の関係が説かれていいものなら、経済上のそれが説かれてはならない理由はどこにあろうか。読者の皆さんが寓話に求めるものは、もともと文字どおりの真実さなのではなく、語り口の巧妙さなのである。そして巧みにできている寓話でさえ、それが妥当する範囲は限られたものでしかないであろう。 (p.52) 「成長理論」ーー「脱成長」を掲げる右派が支持されるこのご時世に、真っ向から対立するようなタイトルの本を灰色の岩波文庫が新刊として送り出している、まずそこにシビれる。 「経済」を語ろうとするとき、どこか胡散臭さがつきまとう。 「寓話」という語り口を、どこか開き直ったかのようにして持ち出す著者には、個人的には好感がもてる。 確かに「経済」というものを堂々と語るには、形式として寓話がぴったりなのかもしれない。 「語り口の巧妙さ」、そんな、のっけから手札を曝け出してしまうところに、それまでの経済論と一線を画しているのでは?と期待してしまう。
  • 敗荷
    敗荷
    @sibue_fjodor_
    2026年3月6日
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