生活者とはだれか: 自律的市民像の系譜

12件の記録
JUMPEI AMANO@Amanong22026年7月11日まだ読んでるお風呂読書@ 自宅第三章一を読む。主役は大熊信行。 〈大熊の生活者論は、人間の生命維持の営みである「生活」を「生産」から追い出し、「消費」に閉じこめてしまった経済学に対する批判として出発した。〉(150頁)
JUMPEI AMANO@Amanong22026年7月9日まだ読んでるお風呂読書@ 自宅昨日メモするの忘れた。第二章三まで読み終わる。本章最後の主役は溝上泰子。 〈「底辺」とは、溝上にとって「その他大勢」の人びとを指したのではない。無名ではあるが、それぞれの生活の場では固有名詞をもった人びとを、意味していたのである。〉(114頁) 〈権利があるから人権があるのではない。溝上にとって人権とは、人びとが少しでも納得ゆく生き方をしたいと願うとき、それを必要とする人びとによって生み出され、主張されてはじめて定着するものであった。[...]貧困は、人びとをつねに「あきらめの哲学」へと導くわけではない。むしろそこから生み出される問いにかくされた、生活の広がりと深さの可能性にこそ注目すべきなのだ。〉(114頁)


JUMPEI AMANO@Amanong22026年6月29日まだ読んでる就寝前読書@ 自宅第二章一節の主役は考現学の今和次郎。 〈今にとって、民主主義は政治や経済の問題ではなく、なによりも「生活」のしかたの問題であり、さらに「論ずる」ものではなく、生活の「革命」そのものを意味するものであった。〉(59頁)


JUMPEI AMANO@Amanong22026年6月28日まだ読んでる就寝前読書@ 自宅第一章二節の主役は、戦後はじめて民選によって選ばれた杉並区長、新居格。その理想と挫折について。 「お手軽、間に合わせ、それはまさに文化の敵だ[...]物価は引下げ運動が必要だが、文化はどこまでも引上げ運動が大切だ[...]戦後における文化はいちじるしく低下した。それをそのまま放置するわけにはいかない。わたしの文化設計は文化の引上げ運動に外ならないのである。わたしは、わたしの住む地域を芸術のかおり高い文化の地域にしたい」(『遺稿 新居格杉並区長日記』1975年)


JUMPEI AMANO@Amanong22026年6月27日読み始めた就寝前読書@ 自宅プロローグ読む。とても面白そう。 〈生活者という言葉には、それを使った「個人」の思いだけでなく、それぞれの「時代」の人びとの思いが投影されている。生活者がお守り言葉として大量に生産され消費されているいま[1980年代末から90年代にかけての時代に頻繁に用いられるようになった、とのこと]、お守り言葉のなかに封じ込められた「生活者」を救い出し、新しい生命をあたえ、よみがえらせるために、まずは歴史のなかに「生活者」を訪ねあてる旅に出発することにしよう。〉(18頁)







