ミステリー食事学

4件の記録
- のーとみ@notomi2025年3月23日かつて読んだ日影丈吉「ミステリー食事学」読んだ。これはものすごいよ。食エッセイとミステリ・エッセイが渾然一体となって、すさまじい情報量なのに、スイスイと楽しく読める。1972年の文章なのに、今書かれてるどんな食エッセイよりも新しく感じる。なんと言っても74年に発売されたこの本の元になった単行本のタイトルは「味覚幻想 - ミステリー文学とガストロノミー」なのだ。そして、この本がきっかけになって日影丈吉という特異な作家の再評価が始まることになる。そうやって、今も私たちは普通に日影作品に触れることが出来て、この本の新しさに驚いたりする。 食エッセイなのだけど、いきなり「女性と毒」の話から始まる。そこから「凶器としての食品」や食事の残虐性を経て、男のダメさ加減を抉る「男の味蕾」「料理哲学」などを諧謔味たっぷりに語られる。そこからスパイ小説や映画をネタに国境を越える料理事情や、SF的な見地からの食料問題、性と食欲の関係、恋愛不要論、美食と美女は男が作った幻想であるという話、お茶とコーヒー、お菓子を巡って、デザートの起源へと至ったあとは、「食べない食べ物」「おめでたい食べ物」と続き、なんと血液の話や死後の食べ物や幻の食べ物へと話が展開する。後半は各国のミステリに見る食事事情や料理技術、ミステリと料理の色彩学へと進んで、名探偵、庶民、霊魂、怪談の料理、そして排泄の話で締めるという、シャレも利いてる。 知識と体験と考察と文体が心地よく混ざって、エッセイとはこういうものなんだなと味わい深さまで感じられて、さらには「海鼠を初めて食べた人は勇気があるなんて大ウソ、かつて人間は食べられそうなものは片っ端から食べていただけのこと」とか「まぼろしの××」という言い回しの不自然さの指摘など、ミステリ作家らしいロジカルな発想と、一流コックにフランスの料理書を翻訳して内容を指南していたという経歴に裏打ちされた料理への造詣、さらに男のロマン的な発想を排した知性的なスタンスで、とにかく文章が明解で気持ちいい。「見ようぜ!浮世絵」とかOyazineに書いてた食エッセイは、こういう線を狙って書いたつもりだったけど、まだまだだなあ。足元にも及ばない。ついでに日影丈吉のミステリも読み返したくなった。とりあえず「ハイカラ右京探偵全集」読もう。