ある大学人の回想録: ヴィクトリア朝オクスフォ-ドの内側 (SUPモダン・クラシックス叢書)

ある大学人の回想録: ヴィクトリア朝オクスフォ-ドの内側 (SUPモダン・クラシックス叢書)
マーク・パティソン
Mark Pattison
舟川一彦
上智大学出版会
2006年4月1日
3件の記録
キイチ@Mt_19242026年5月24日読み終わった5/22-24 久々に中身が全然分からないまま購入したけれど、期待以上に面白い1冊だった! オックスフォード運動や19世紀中頃までのオックスフォード大の歴史・状況、諸々の動きに関与する人物たちなど、パティソンのキーになる要素について全然知らないまま読んでしまったので、これ1冊を一読しただけで理解したとは全然言えない。 当然ながら自伝を鵜呑みにするわけにはいかないし、解題にもある通り書かれていないこと・僅かに示されているだけのこともあれば詳述していない時期のこともあるので尚更。 書かれていること、起こった出来事、思想的な部分を理解しているとは言えないけど、 訳者の言葉を借りるなら「象牙の塔の内幕を知るための第一級の資料」「十九世紀イギリス知識界の動向を知る」ものとして面白かったし、パティソン本人が研究対象として十分面白そうだと思ったのも昨日までに感じた通り。 コレッジのトップまでいった人ではあるものの、ド派手な人生! というわけでもなし。 後悔したり、要領が悪かったり、社交苦手な部分がずっと残ったり……それなのに面白かった理由のひとつは、彼の要領の悪さに共感を覚えたからだろうなあ。 極端な風潮、「未消化な命題の集積を本物の知識と思い込まされている」人間のあり方、「学問を深く究めてはいないがまったく無知でもないという階層(これはカントからの引用)」……身につまされる言葉も多い。 最後のは、今なら具体的には自分なりに知ろうとした挙句反ワクや陰謀論にハマってしまうような層が当てはまることではあると思うけれど、やや拡張した自戒として。 宗教は自分の拠り所ではないけれど、かつてある場所で宗教が占めていた場所に今現在入り込みあるものについて、思考を止めず、きちんと吟味していかないといけないのは変わらないね。 もうひとつ、パティソンが引用していた中で好きだったチャールズ・ニートの言葉――「人類は、自分たちに恩恵を与えてくれた先人に、感謝を込めた好奇心を抱く義務を負っている。学問においては、その借りを返すのが我々の役割だ。返済には大した出費を要しない。それどころか、返済することで我々はますます豊かになる。……」(p.204) 自分もささやかな恩返しをしたい人がいるし、この1冊の回想を読んだ今、パティソンその人も「感謝を込めた好奇心」を向けられてほしい。 それにしても、本気で幾人もに借りを返そうとするなら、普通の出来の人間には人生はあまりにも短い! 確かに与えられた恩恵に比して出費は少ないけれど、調達には時間がかかる……せめてこの人には精いっぱいを返したいと、そう思える人が見つかったのはすごく幸せなことなのだろうなあ。 他人の人生や経験を無理に自分に引き寄せようとしすぎかもしれないけれど、身勝手ながら励ましと反省を得ることにする。
キイチ@Mt_19242026年5月23日読んでる2〜6章 試験範囲になる課題図書が、興味がわかなかったり、お手軽マニュアルを避けてちびちび丁寧に理解しながら読んでいるせいで遅々として進まない(最終的に一部を捨てている)一方で、試験には何ら役立たない、ただ興味の向く面白い本を渉猟して時間を費やしてしまうの、共感してしまう。時代を超えたあるあるなんだなあ……。 とはいえ、課題外で読んでいるタイトルも、自分から見れば立派なギリシャ・ラテン古典文学らしいのだけれど。 マロリーは読書家だったけどガリ勉タイプではなかったし、サンディは言わずもがななので、勉学をコツコツ真面目にやり込むタイプの学生の一人称視点は新鮮。 とはいえ知識の付け焼刃などではなく知性の向上を目指しているので、時代の違いに伴う思想の相違はあるけれど、マロリーの学生時代を思うと近しいものを感じたりもする。 今のオックスブリッジを当たり前と思ったまま振り返ると驚くことばかりで(18世紀後半のことを読んだら口が塞がらなくなりそう)、関連するものを読んでいくとどうにも不真面目な者が目につくけれど、そういう中にもずっとこういう学生たちはいたんだな。 パティソンに限らず、その数が少なかったり、上手く類友に出会えなかったりした学生が、多かれ少なかれ辛い思いをしたり、孤独感を抱いていることは多そう。 リンカンに念願のフェローとして就任するあたりからはまた印象も変わってくるけど、宗教的な意味合いが強いとはいえ、大学内政治的な動きもするようになってきて、学生の頃の立ち回りとはだいぶ印象が変わる。 当人の中では知性や理性の成長が大きいと認識しているようだけど、周りから見たパティソンはどう映っていたんだろうなあ……。
キイチ@Mt_19242026年5月22日読んでる1章 クリティカルに知りたい条件とは所属コレッジや時代が違うので空気感などは異なるだろうけれど、システムや用語の訳し方などの参考になればと購入。 サンディもマロリーも名門パブリックスクールからオックスブリッジ進学だったので、家で教育を受けてきた人の経緯はちょっと新鮮。伸びやかだなー。 それだけに、入学後周りから悪い影響を受けたり、自意識過剰になってしまうのは、読んでいてちょっと心が痛む。後々克服したというけれど、2章以降の話だ。 それにしても、サンディの頃も今から見ると大概な面があるとはいえ、昔のオックスフォード大の状況を知ると唖然とする。 謂わば普通及第点以下で卒業するクチと、奨学生や真面目な学生を一緒くたにしてはいけないと知らなかった時、ひたすら困惑していた。 サンディが籍を置いていた当時でも、オックスフォード大に入りながら学問を軽んずる風潮があったという言及はあったけれど(『第三の極地』だっけか……彼はそのグループには属していなかった)、時代を遡るほどびっくりさせられる。 19世紀前半からの数十年を見ていくなら、この点については1854 年のオックスフォード大学法制定が大きな転機になるのかな?