怪奇小説という題名の怪奇小説

3件の記録
- べり@dondondone2026年9月2日読み終わった現実と創作がぐちゃぐちゃになったかと思えば、さらに目の前の現実も信じられないことになっていき……と混沌としていく感じが面白かった 終わり方も悪夢みたいで好き

DN/HP@DN_HP2026年8月25日最近は一冊を一気に読み通すことがあんまり出来なくて、それはまあ、一冊を読み切ることにあまり重きを置いていないから良いのだけれど、そんななかでもこれは買った翌日に一気読みしていた。小説も物語もとても良かったから。不気味で不穏で一筋縄ではいかない技巧も盛りまくった「怪奇」な怪奇小説。もちろんしっかり怖がれた。 九つある章のなかの一つに「ささやかな推理小説論がふくまれている」ものがあるのだけれど、その論にも納得というか共感していて。 「ぼくが怪奇小説の連載をひきうけたのは、合理的に解決される推理小説ってものに、疑問を持ちだしたからなんだぜ。推理小説というやつは、合理的に解決されるとたんに、なんだかむなしくなってしょうがないんだ。 書いてても、読んでても——解決がなかったら、すばらしい小説になるのにな、と思う ことがある」 「でも、推理小説は現実を映すものじゃないでしょう?現実はつじつまのあわないこでとだらけ、論理の通用しない世界だから、推理小説が読みたくなるんじゃない?そういう意味では、老年むき、中年むきの小説よ。若いうちは、つじつまがあわなくても、論理が通用しなくても、感覚ではねかえすことができるし、闘いをいどむこともできる。 でも、中年、老年になると、あきらめて、推理小説あたりに慰めを見いだすのね」 わたしもいつも解決がない物語が読みたいと思っているからね。とはいえ、わたしももう中年だから、推理小説にあるような現実を反映しない架空の解決に慰めを見出している、といえなくもない。この本が一気読み出来たのも、これが怪奇小説だとはいえ、謎の解明、解決に向かって進んでいく推理小説仕立の物語の推進力があったからかもしれない。終盤に描かれる謎の解明は本質的には解決とは言えいないのだけれど、それはつまりは解決しない怪奇小説の魅力でもあって……ということはどういうことかと言えば、これもわたしが相反するような二つの面からも読みたかった小説で物語なのだった。それは一気読みもするよね。





DN/HP@DN_HP2026年8月23日何気なく道尾秀介さんの「解説」から読んでみたら、これは「解説」というだけでなく、この小説を¥100の古本で買うことで人生も買った、という彼の「物語」でもあってめちゃくちゃ良かったし、こういうその人にしか書けない本の話は大好きだ。自分もそんな「物語」れる体験が出来るかもしれない、と思わせてくれるから。わたしも¥132でこの古本を買うと同時に、人生とは言わないけれど、何か別のものも買った気になってみたい。と、これから読む本編もより楽しみになっているから「解説」としての役目もバッチリというところか。それに「道尾」というペンネームの苗字は「道夫」の音から来ているらしい彼の小説も読んでみたくなってきている。






