精霊たちの家 下
8件の記録
ピエ@pie_2022026年6月16日読み終わった下巻はクラーラの娘ブランカと孫のアルバが中心となる物語。しかし、その周りの人物たちの些細な言動も描かれて、舞台である「角の邸宅」の姿がより鮮明になっていく。 ドラマ版を見ていて気づいたのだが、物語の本筋でないために映像化すると省かれてしまうようなちょっとしたエピソードが、私は好きだったのだと思う。 一方、この小説の「魔術」的な要素には、私はあまり惹かれなかった。他人のオーラを見たり、降霊術をしたり、触らずに物を動かしたりと、裕福な白人が好きそうなオカルトのような印象を受け、正直つまらないと感じた。 むしろ、社会や階級に関する描写が面白かった。終盤、社会主義の大統領(作者の叔父であるサルバドール・アジェンデ)が選ばれ、それに対するクーデタが起きて独裁政権(ピノチェト)が誕生するという出来事は、人物名は明かされないものの1970年代のチリそのものだ。 今年の初めに、パトリシオ・グスマン監督による、アジェンデ政権の発足からクーデタによる崩壊までを描いたドキュメンタリー『最初の年』と『チリの闘い』3部作を観たが、そこに映されていた社会の動きがこの小説でもほぼ同じように描かれていた(チリの左派知識人から見たこの時代の評価はほぼ固まっているということだろうか)。 政治家の重鎮になったエステーバンが、自分では現実的な判断をしているつもりで社会主義を憎みクーデタを支持しながら、結局は自分も政治から爪弾きにされてしまう(一番現実が見えていなかったのは彼自身)という皮肉な展開もリアルだった。とことんブルジョワジーのテンプレートのようなキャラクターだ。 ニベーア、クラーラ、アルバといった女たちは、政治活動も熱心に行うが、その描写にも少し皮肉を感じた。貧しい女性たちに参政権を得るために共に闘おうと説き、曖昧な笑みを返される。女性たちは家でそのような話をしようものなら、夫や父に殴られることがよく分かっているのだ。クラーラたちの政治活動も家族に多少煙たがられはするが、暴力で黙らせられることはなく、境遇には大きな隔たりがある。 しかし、ことラテンアメリカではそのような上流階級の女性たちが、女性参政権への道を切り拓いてきた面も大いにあると思う。彼女たちが同じ階級の人々からの揶揄の声に負けず、夫や兄弟の政治権力を利用してでも権利を認めさせてこなければ、女性の地位向上は更に遅れただろう。 イザベル・アジェンデ自身も彼女たちの側の階級にあったわけで、皮肉な描写もむしろ自己批判に近いものなのかなと思った。
ぼぺにゃん@bopenijan_11062025年12月31日読み終わったクララ亡き後の一家の没落具合が容赦ない。でもそれが美しくもある ラテンアメリカ文学では非現実的なできごとが日常生活と違和感なく存在してるの、なんなのかなあ。 長い小説って古今東西を問わずハズレがない。例外なくおもしろい。その理由は作家というものはつまらなさを我慢して長々と書くことはできないからだと推測しているけどどうなんだろう





