
怪奇!?ドーナツの穴食べ放題男!!
@AICE_donutholes
私と煙と実用書
ジャンル: 芸術(印象派以降/立体造形)/国際政治(軍事戦略)/哲学(現象学周辺)/社会学/投資系/技術(機械工学/DS/自然言語処理)
- 2026年8月24日
- 2026年8月24日
勇者刑に処す 懲罰勇者9004隊刑務記録IIIめふぃすと,ロケット商会audible読み終わった中々に絶望的な情勢ながら、懲罰勇者達の撒いた信頼のタネが確実に芽吹いているのを感じる。ザイロを中心にこの絶望的盤面をひっくり返すことができるのか見ものですね。 戦闘シーンがアニメではどのように描かれていたのだろうか。騎馬進出しながらの戦闘がいまいちイメージ出来なかった。 また狙撃兵という兵科運用がよく掴めない。伏撃せず、正面戦闘を行うシーンが多い。多分雷杖の扱いにたけた歩兵として"猟兵"に意味としては近いと思われる。ロシア軍の使う"狙撃兵"と同じ意味なのかな? - 2026年8月22日
勇者刑に処す 懲罰勇者9004隊刑務記録IIIめふぃすと,ロケット商会audible読み始めた2巻目にしてだいぶ敵も、懲罰勇者が如何にして集められたのかも分かり始めた。 だいぶキツイ情勢だがザイロ達は無事に切り抜けられるだろうか…… - 2026年8月22日
勇者刑に処す 懲罰勇者9004隊刑務記録IIめふぃすと,ロケット商会audible読み終わった作者はクーデレ好きなのだろうか??現状、女神テオリッタ以外の女性(ドラゴンでさえも)がほぼクーデレ寄りのキャラである。感情薄めの外から見ると何考えているか分からない系である。 かろうじてパトーシェが熱血よりだが、初登場時はクール寄りであった。 多分作者の趣味がクーデレで、年上属性があると良いのだと思う。 また作品を通した正義観も見えてきた。その場に居ない弱者を想像して動くことができるのか、といったところだろうか。 今後、この正義観が物語にどのように現れてくるのか見物である。 - 2026年8月21日
- 2026年8月21日
勇者刑に処す 懲罰勇者9004隊刑務記録(1)めふぃすと,ロケット商会audible読み終わったクセのあるキャラクターばかりな割に王道なラノベで読みやすかった。情勢のきな臭さが隠れていないので今後が気になるところ。 "懲罰"を受けている勇者なので、何故罪を背負うことになったのかという過去、人格破綻者で構わないから濃いめのキャラ付け、如何にして罪を贖うのかという未来とフックをタップリ持たせられる設定が上手いと思う。 そこに聖騎士隊、貴族や女神といったアクター、軍部対協会という政治紛争までどんな料理でも出来そうな世界観もある。 どんな味付けになるのか次巻以降も気になるところ。 - 2026年8月20日
- 2026年8月19日
死亡遊戯で飯を食う。ねこめたる,鵜飼有志audible読み終わったあっさりと楽しめた。 感傷や葛藤など一切なく淡々と進む。デスゲームものにはありがちであるが、煩わしさにも繋がりかねない主人公の弱さなど無いのでただ物語を消費するにはちょうど良かった。 - 2026年8月19日
- 2026年8月19日
- 2026年8月15日
百冊で耕す近藤康太郎気になる - 2026年8月15日
- 2026年8月15日
- 2026年8月15日
- 2026年8月15日
ヴァルター・ベンヤミン著作集 2ヴァルター・ベンヤミン,佐々木基一借りてきた読み終わった@ Book Cafe麓と畔(ふもととほとり)『複製技術の時代における芸術作品』 実に現在のコピペ、配信、生成AIの時代にも示唆を与えてくれる文である。 新しい技術による作品の変化や大衆の受け止め方だけでなく、社会にも視点を拡げる書き方はこの時代だからこその気もする。 "~精神の集中を要求する芸術にたいして、大衆は散漫な気晴らししか求めない、というむかしながらの嘆きぶしである。"(P.42) 上は映画に対しての批判のベンヤミンの呆れであるが、昨今のTikTokやショート動画への批判と同じような批判が昔からある。少し面白い。 これを踏まえて更に踏み込んだベンヤミンの考察は興味深かった。ただ、今では使われない語彙、マルクス主義の用語の援用も多く浅学の私にはまだまだ理解できないことも多い。
- 2026年8月15日
- 2026年8月13日
読み終わった分析や論拠の重ね方が雑だが、独自調査や注目されていない動向にまで言及しており、60~70年代の豊かな作家ネットワークを感じられて良かった。 もの派の起源としてグループ幻触、特に石子順造を持ってくるのが本書の主張だが、やや強引である。 確かに石子順造は李禹煥や関伸夫と接触があったようだが、発言の引用例の一致、作風の一致から起源としてしまうには無理がある。 各作家がいかなる変遷、哲学によりその作品に至ったか。問題意識がどこにあったのか。表層の類似点だけでなく、深層に注目し歴史を把握しなければ真摯な批評と言えないのではないだろうか。 "~それ(歴史)を取り上げる者たちは、さらに緻密で真摯に接しなければ、正しい歴史認識はおろか、誤った歴史づくりが繰り返されるのである。"と本文中で他研究者を批判している。著者自身も仮説を言いたいがあまりに同じ轍を踏んではいないだろうか? しかし、静岡という主流からは離れた芸術動向においても、当時先端を走る作家たちと同じ方向を向いた活動があったことを知れた。もの派を中心とした豊かな動向は、日本独自の芸術動向としての理解をより深めてくれるはずである。 - 2026年8月13日
- 2026年8月13日
知覚の宙吊り(986)ジョナサン・クレーリー,大木美智子,岡田温司,橋本梓,石谷治寛気になる - 2026年8月12日
Lee Ufan李禹煥借りてきた読み終わった読み始めた@ 神奈川県立近代美術館 葉山館李禹煥の一連の作品の流れを見れば見るほどに、その裏側を流れる論理構造の確からしさが理解できる。試行錯誤と提示される作品から受ける新鮮さは、本来出会っているはずなのに近代意識のベールで見過ごしてきたものなのかもしれない。 “表現は閃きと予感を伴って行われるものなのだ。~私と他との厳しく鋭い照応関係を磨くなかで養われたものである。”(P.12) “作品とは日常的な周囲に一定の隔たりを保ちつつ刺激や調和を呼び起こすものである。つまり、作品は、仲介的なそして中間子的な性格を持つ。”(P.92) “往々にして言語論から出発した視覚的な表現は、目を皮相的な認識のレベルに止めてしまう場合が多い。~日常的な意味からずらす必要があるのは、形骸化された制度からそれらをもっと別な段階の場所に移して、息を吹きかえらすためであるといっていい。”(P.192) ━神奈川県立近代美術館葉山館 李禹煥作『項』を添えて
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