昔読んだ時はやたら怖かったのだが、今はさほどでもない。 理解しきれない部分が減ったことによるのだと思う。

「人はお前たちとは違う。人は同族の肉を食べない」 「あんたたちのことか？　飢えているときだけかな。でもいつも飢えているだろ」 こうやって冷静で乾いた残酷さを放り投げてくる。 (残酷なのは人肉食いではなく外部の人間にこうして指摘させるところだと思う)

「もっとたくさんの人間と、知り合えたら良かったと思うよ。その人たちみんなを愛したのに。 もっとたくさんの人たちを知っていたら、もっとたくさんの人たちを愛したのに」 これは全ての人ができることではないと思うが、知ることで愛が深く広がる人は確かに存在する。 彼女は愛することができる強さがある人だ。 知るべきことを知った最後がとても好きだ。

「ファウヌスは葦笛を吹きはじめた。それこそドビュッシーが作りたい願っていた曲だった(略)そしもうひとりの妖精が軽やかにダンスのステップをふみながらドビュッシーの横にやってきて、彼の下腹部を愛撫しはじめた。午後になっていた。時は動かなかった」 ドビュッシーはニジンスキーの踊りを冒涜と断定したらしい。それを聞いてもディアギレフとニジンスキーは「牧神の午後」を再演した。 この夢の中でニジンスキーはファウヌスとしてドビュッシーを眺めていたような気がしてならない。

「彼は自分に代わって死がいっさいを解決してくれるだろうと考えた」 こんな狡さを描きながら 「砂漠で死んだ人間は天国じゃなくて、海に行くんだ」 という瑞々しい台詞を言わせる。何度読んでも楽しい。