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大空
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@hiro_shimo
Experimental
  • 2026年2月18日
    平和と愚かさ
  • 2026年2月18日
    人類史の哲学
    人類史の哲学
    ことごとく書けない日がつづいてそれなら読もうってことで読んだけど全然入ってこない。そもそも読むってどういうことかわからない。理解とは?文字を読むことは意味を読むことなのか。立ち上げることなのか。どっちもどっちでいいとして。みんなで共有してる言葉。空気感、ラング。生きられた存在論。集合的なもの。社会体。仲良しこよし。安住。ぬるいぬるい。とか言ってる自分もその言葉の上なわけで。日本語英語フランス語とかではなく、生きられた存在論として、集合的規範としての言語。分けることそれ自体、指差し伝えることそれ自体、分ける分かる読める解けるそれ自体がすでにその生きられた存在論の再生産へ向かっている、我々の生きられた存在論を強化する、それは今ある生をさらに続けるため、続けると思われるため、世界は変わってきた。いろんな生きられた存在論が、その多数性が人間を人間として生きながらえさせてきた。いろんなベクトルの生きられた存在論があることで我々は続いてきた。これ以外道がないように見える、資本主義リアリズムも間違いなくある。というかそう見えさせられてる。だれに?集合的規範に。言語に。生きられた存在論に。べつの存在論へ別の集合的規範へ。それが敗走であり絶滅への道だとしても種としての存続にはむしろこの道しかありえない。それぞれがそれぞれの方向へ生きられた存在論の道をとることで多なる生きられた存在論が同時多発的にそれぞれの地域で、リアルヴァーチャル問わず、存在すること(ここでは存在の意味は大きく変化していることに注意)で我々は死として生きるし生として死ぬ。 何が言いたいか? 生きること以外もしよう。 それが死ぬことであっても。
  • 2026年2月18日
    置き配的
    置き配的
    ANT(アクターネットワーク理論)は抽象化(還元論、概念化)に抗する理論であり、その具体性や特異性を表すために、「アクター」という概念の無性格さ、透明化されている点を指摘している点は面白い。 たしかにANTは具体性をそのまま具体性として捉えようとする究極とも言える理論であり、マクロミクロレベルを具体的における一つの平面(非還元/非抽象という平面)で捉えようとする。 つまり、それぞれの異質でさまざまなスケールのアクターは具体性において処理されるが、そのバッググラウンドとしてのインフラ言語の上では大文字の「アクター」として処理されてしまう。 アクターを「アクター」として処理しないようにアクターを導入しているのにアクターがアクターとして処理されてしまうとは皮肉なことだが、どうしようもないことのようにも思える。それでは 「アクターをテクストとして再びローカルなものへと埋め込みなおす手続き」とはどのようなことだろう。ANTをアクターとして捉え直すということだろうか。そうなると、ANTのアクターのANTのアクターのANTのアクターの...と無限後退になるだろう。そうではなく、         『したがって取り戻すべきは、理論の手触りであると同時に、理論が手を離れることのポジティブな意味であるだろう。しかしANTにおいて、アクターは定義上それ自体がおのれ以外のアクターを取り集める手でもあるのだから、手の外は存在しない。』 つまり、ローカルに埋め込みなおすとは、ANTのような完全に透明な理論に解釈可能性というひび割れを入れ込む、ということであるだろう。つまりそれは言葉の可能性、言葉と物のギャップを、異種性を、力に変えていくことではないだろうか。 置き配的な密なコミュニケーションから批評の二次性、〈疎〉の公共空間へ。
  • 2026年1月11日
    ポピュラー文化がラディカルな思想と出会うとき──マーク・フィッシャーとイギリス現代思想入門
    読了 マークフィッシャーを起点にしてみえてくるイギリス現代思想。階級意識が根強いからこそポップカルチャーと思想が結びつくというのがのが面白い。 加速主義的改革や革命、外部注入論的な外からのぶち壊しではない資本主義のオルタナティブを目指すという國分さんのインタビューは頷ける。オルタナティブを目指すということは、どうしてもこれじゃダメだからこうしなきゃいけないという外部注入論になってしまう。そこを意識的にセーブして外部を入れ込むのではなく内側から資本主義のうちで資本主義的でないものを育てる。國分さんは「人間は満足できる」という人間本性論をその足がかりにしているが、それは自明ではない。だがむしろ自明ではないことが足がかりになるのではないか?我々には人間本性はわからない。よって自明ではない。そこにこそ外部ではない可能性があるのではないだろうか。
  • 2025年12月28日
    植物考
    植物考
  • 2025年12月28日
    ご機嫌な習慣
    ご機嫌な習慣
  • 2025年12月28日
    オスカー・ワイルド書簡集 新編 獄中記
    オスカー・ワイルド書簡集 新編 獄中記
  • 2025年12月28日
    置き配的
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