

久留
@hisadome117
- 2026年3月18日
- 2026年3月14日
- 2026年3月8日
- 2026年3月7日
- 2026年3月7日
誰も戻らないシャルロット・デルボー読み終わった再読・彼女の手の仕草が完成する。立ち昇る煙 ・光線はなく光だけがある。…ひとかたまりの水晶と同じくらい透きとおった氷のなかに閉じ込められている ・冷気がいっそう骨にまで浸透し、一層露骨になる瞬間がある。…それが昼間と呼ばれる。 ・目の中で忍従の抵抗が闘っている。忍従が抵抗を凌駕しなければならない
- 2026年3月5日
- 2026年3月4日
- 2026年3月4日
- 2026年2月10日
- 2026年2月10日
華厳の研究杉平シズ智,鈴木大拙読み終わった互いに呼応し、存在が流れ込み合っている相即即入は、ゆえに光明の世界になるという。客体と自己というとらえ方をしないので、分別・個別のない世界は光で充溢するある種の無限系列である(則天武后は、理解するのに火を映す、互いに映し合う鏡を用いたらしい)。 また、大乗の菩薩は一切衆生の覚醒を求めるが、小乗仏教の声聞は、分別にとどまり己の救いのみを求める。これは、結局なにかひとつをすくい上げると、それは相即即入から、全ても持ち上がるということを認識できているかいないかという違いだろう
- 2026年2月8日
華厳の研究杉平シズ智,鈴木大拙読んでる - 2026年2月8日
日本的霊性 完全版鈴木大拙読み終わった戦争時代の日本的精神に対抗するものとして霊性が語られている。二元論(分別)を乗り越えると霊性があるというのはレンマと同じことを言っていて、華厳や仏教の影響を感じるし、そこに依って日本的霊性の発現を語るのは道筋として理解できる。霊性は地に足ついた全体としての働きというあたり。 ・浄土系の思想(霊性のうち情性)…無分別=大悲=因果を超えて救われるという思想。これは個人的な経験であると同時に超個己であると信ずる思想。 (個人的には西洋では力が意識され、隷属としての人間になるが、仏教では自覚して悟るというはたらきに焦点があてられるという指摘が面白かった。) ・禅(霊性のうち知性)…二者の間に媒介を入れずに直観で捉える、即非=否定の否定が肯定となる般若論理。いわゆるロゴスでなくレンマで物事を把握し、己の仏性も捉えるといったところか (解説でも指摘の通り、第四編に至るまであまり深掘りされないので今ひとつぴんときていない) - 2026年2月6日
読み終わった亡くなった人は荒魂だったが、殯によって(周りを囲うなどする封鎖呪術)囲って、滅罪・浄化することで和御魂にし、恩寵的な祖霊になる。肉体を風化させる風葬、そこから離れた霊魂を祀る墓という両墓制となって民俗化した。仏教は本来霊魂を認めないが、現地化する過程で葬送を取り扱うようになった。血縁社会がその過程で信仰集団(25三味講)になったという指摘は面白い。ゆえに、宮本常一が語ったような、寄り合いの形、多数決ではなく全員一致が目指される。 また、かつて肉体と霊を分けていた両墓制は、時代が下るにつれて単墓制になる(あるいは、霊場まで拡大解釈するとすべて両墓制として理解できる)。 ※また法華経の浸透は滅罪性にあるとのこと。 - 2026年2月3日
- 2026年1月30日
日本的霊性 完全版鈴木大拙読んでる日本的なものは、鎌倉に花開いたのであり(もともと源流としてあったものが目覚めた)、そのきっかけは禅と浄土教と呼応したからだとしている。自分と相手だけ、物事に間を挟まない、削ぎ落とす禅と、ある種の情性(大衆に対し、何の介在も必要とせずに救いを肯定する大悲)感覚が日本的霊性。霊性は、物質と精神の二元論をこえて全体として観ぜられるはたらきとして定義されている。 時代柄なんだろうけど、女性的思考に深みは芽生えないとか、鎌倉仏教を無条件に優れたものと扱うところは冒頭数十頁でひっかかる。 - 2026年1月30日
- 2026年1月27日
ベル・ジャーシルヴィア・プラス,小澤身和子読んでる - 2026年1月27日
- 2026年1月27日
左利きの歴史ピエール=ミシェル・ベルトラン,久保田剛史読んでる右手の優越は紀元前近くに遡る。左手は邪悪な手とされていたが、組織化された抑圧はなかった。背景は礼儀作法の発生(絶対王政)、識字率・教育の高まりが16世紀後半を待たねばならなかったことにある。そこでようやく矯正の動きが生まれた - 2026年1月25日
左利きの歴史ピエール=ミシェル・ベルトラン,久保田剛史読んでる
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