読書の春夏秋冬
@nivea1967
- 2026年5月24日
春琴抄谷崎潤一郎読み終わった一ヶ月一冊、一年十二冊の目標を立ててはや五ヶ月が過ぎようとしている。ようやく二冊目を読み終えた。外国に滞在中のため欲しい本を紙で入手することが難しく、それならばと、いつか誰かにお勧めされたこの本を、青空文庫で、ではあるが読んだ。いわゆる文豪と呼ばれる(谷崎潤一郎がそれに当たるのかすら分かっていない)方の著書が初めてで、言葉遣いや文法の違いなどに苦戦し、なかなか読む手が進まなかったが、佐助が自ら失明しようとする部分の描写では気持ち悪さすら感じ、これが描写力ってやつか、、という陳腐な感想を抱いた。 春琴に対して狂愛とも呼べる感情を自身の中に渦巻かせる佐助の、彼女の姿を見れなくなってもなお、その声や自らの触覚を用いて自分の恋焦がれた頃の彼女を見ようとする姿勢は、今の春琴を見えていないし、みていない、と感じた。と同時に盲目になったことで見えるようになったことがあるのも本当そうで人間。文学むずい。 - 2026年2月12日
ちぐはぐな身体(からだ)鷲田清一読み終わったついに読破。皮膚と皮膚が触れ合うところに魂が宿る。と言う感覚がどうしても理解できなかったが、人間は他者の他者として自己同一性を見出せなかなった時に、物理的に外界と自分を隔てようとする。というような文を読んでだからおれはファッションが好きなのかもしれないという少し悲しい気づきもあった。 - 2026年1月13日
ちぐはぐな身体(からだ)鷲田清一読んでる第二章を読み終えた。第二章では主に制服がどのような意味を持つのか、あるいは持ってきたのか、ということに着目した内容だった。 中でも旧制度が崩壊した後、制服やその装飾の意味を廃して誰もが対等な個であると認識できるようにと生まれた市民の制服が、今や画一性や没個性を表す記号となりネガティブな意味を持つようになっているという、意味の反転とも言えるような現象が起きているのが興味深かった。 - 2026年1月4日
ちぐはぐな身体(からだ)鷲田清一読み始めた@ 自宅普段は全く本を読まない私だが、自分が面白いと感じる人たちに共通していたのが本に多く触れているという点であったことに気づき、それゆえに今年は最低でも月に一冊読むことを目標に掲げた。ということで、買ってはいたもののまだ手をつけていなかった本書を読み始めた。 一章を読み終えたが、自己と非自己の境界を揺るがす存在が、私たちに「きたない」あるいは「こわい」という感情を抱かせることや、文化は第二の自然として私たちに刷り込まれているという記述が面白かった。
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