

パピアニューピピア
@papiopa5656
- 2026年1月25日
読み終わった一巻が出た時からずっと追いかけていました。最初はTwitterでバズっていたのを見かけて、あまりにも面白そうだったから買って読んでみたのだと思います。 買った漫画は、一人暮らしの家にも持って出てきました。 最終巻を読みながら何度も涙が込み上げてきました。 一人暮らしの部屋なのだから、大声をあげて泣けば良いのだと思いますが、大人のつまらないプライドか、物語を読んでいる途中に泣き出しそうになると、瞼に力をグッと入れて泣くのを我慢してしまいます。 人間の嫌さを描く「胸糞」というジャンル(ジャンルなのか?)がありますが、この作品に出てくる人間が人を傷つける時、それは胸糞が悪いとか、人間の底知れない悪意があるとか、そういうこととは少し違う気がします。 この話に出てくる人が他人を傷つけるのは、その人に欠けた部分がどうにも尖って突き出ていて、その棘がナイフのようになってしまっているのだと感じます。 わたしが、青野くんや優里ちゃんに自分の気持ちや人生を重ねて共鳴してしまうように、「この物語はわたしがまさに読むべき話であったのだ」と感じてしまうのと全く同じように、この最終巻を読んだうちの大体の人は「この話は私の物語だ」と感じているでしょう。 人間は傷つけ、傷つけられ、踏み躙られ、許し、奪い、与えながら歪に社会を運営しているので、そこに参加している、命ある人間なら少なくとも、多くとも、似たような経験を持っているからです。 つまりわたしとこの物語を読んだ他の誰かは、物語を通して共鳴しあっているわけです。それはとても不思議だし、それこそが読書のよいところだと思います。 まだ出会ったことのない、存在していることすら知らない他人と、既にわたしは一度分かりあったのです。 最終巻を、新刊の棚からレジに持って行けるタイミングで生きていられてよかったです。椎名うみ先生、ありがとうございました。 - 2026年1月12日
呪術廻戦 30芥見下々読み終わったクレカの情報登録変更などが面倒で途中で離脱していたのだが、アニメの3期(?)一話を見て「絶対この話読んだところのはずだけど全く覚えていないし、何が起きているのか分からなくて悔しい」と思ったため、一気に残りを買って一気に全て読み終わった。 無限に言われているだろうけど死滅回遊以降はバトルシーンの上に複雑な説明がたくさんのっかっているため、私レベルのゆるさで読んでいるような人間には読書している時に脳味噌に流れ込んでくるかっこよさ、キレ感を味わうところまでしか作品の面白さを享受することができず、なんだか申し訳ないし勿体ないなと思った。 ただ、終盤にかけて、物語の序〜中盤で中ボスや中師匠的な役割を果たした人物がここぞという時にバンッと助けにきてくれるのは熱くてよかった。 人生における伏線回収の瞬間の気持ちよさを味わうことができる。 人間がかなりあっけなく死ぬが、死んだと思ったら生きており、いや生きてたと思ったけどやっぱ死んどるんかいだったり、死んどると思ったら生きとるんかいだったりする。 漫画も書籍も基本的には紙コミックスで購入しているが、呪術のシリーズは何故かすべて電子で購入している。 終盤にかけて物語は独白とバトルシーンの割合が九割八分を超えるのだが、この作品はバトルの見せ場を大見開きで描き、かつ、コマ配置で右ページ上→左ページ上→右ページ下→左ページ下(と真ん中に派手な見開きシーン)とする構成を使用するため、少なくとも読む際にはiPhoneで単ページずつではなくiPadで見開き表示にて読むべきだったんだろうなと感じた。 また、作品の特性上、バトルが派手になる=ルールが複雑になる=説明分量が多くなる=級数が小さくなるため、それもまたiPhoneで読むべきではなかった理屈の補強となった。 (ジョジョランドのように、最初から書籍化した際に喉の飲み込みを計算した見開き構成にはなっていない=仕上がり位置で切った時にノドに配置される絵柄が欠けている、というようなことはなかったので、上記の読書における引っ掛かりのようなものは完全にデバイスをでかくすれば解決するものだと思う) - 2025年9月23日
君のクイズ小川哲読み終わった好きなwebラジオで紹介されていた&好きな漫画家さんがコミカライズを担当していることを知ったので文庫本を買いました。 答えられなかったクイズそのものが問題になる……というところから始まって、堅実に研究を積み重ねる主人公の姿に好感が持てた。 物語としては1を膨らませて繋げて100の大きな図版を描くのではなくて、緻密に点描を行って1の中を埋めて一つの絵画を描くみたいなやり方だった。あらかじめ決められたゴールテープが限界よりも動かない読み味が振り回されない感じでいい。 また、解説でも話があったが「リアリティ」を意識して書かれた作品だなと思った。最後の本庄とのやりとりで二転するところ、単にいじわるで読み味が悪くなるだけなのではと思わなくもなかったけど、あれが二転しなかったらちょっと綺麗すぎたのかもしれない。 文体が軽やかなため、読む時に頭の負荷が軽くて、コロナでむちゃくちゃ具合悪いけど読み切ることができた。 - 2025年9月21日
アオイトリ【イラスト入り】 (ビーボーイノベルズ)峰島なわこ,木原音瀬読み終わった - 2025年7月21日
愛を知らないヒューマノイドの恋愛奮闘記yoco,片岡読み終わった好きな先生の新刊が出たということで読了しました。 ヒューマノイド、というのが本編ではデザイン&培養されて生み出される人間(設計された人間)として社会に参画しているのだが、話の本題はそれではなくて「私があなたを信じる」とはどういうことなのか? 好きって何? ということだったのがよかった。 SFの舞台設定から放たれる自分の生活と地続きのテーマを読んでいると、自分だったらこれをどう考えるかな〜とか色々思い巡らすことができて楽しい。 (全然共感できないSFはそれこそファンタジーとして読む) 攻めが中盤からかなりペースが乱されてへたれっぽくなっていたので、前半の完璧キャラを好きだったら後半の攻めを愛せるのか少し疑問だったが、わたしは攻めがへたれだとむちゃくちゃ嬉しいのでとてもお得に感じた。 作中によく出てくる「完璧」という言葉が最後まで、いろんな側面から光を当てられていろんな意味を持っていくのが良い。私は一つのテーマが物語を貫いているのを読むのが好き。 - 2025年7月19日
みくのしんが賢治とか(この本の中にはないけど)基次郎とかに「わかるよ!」とか「お前すげえな!」とか言ったり、悔しがったりしているのを見ると、この人にとって作者とは文豪ではなくて「この文章を書いた人」であり、読書もコミュニケーションのうちの一つなんだなあとよくよく感じる。 いまの今まで読み継がれている名著の作者は大概(なんらかの文壇の派閥に属している場合もあるけど)どこかしらに世間から浮いたところを感じていたような人が多いから、みくのしんからスコーンと抜けた青空みたいに手放しにすげー! とかわかんねー! とか言われたらさぞ嬉しかろうなあと思ってしまう。 いつだったか、オツベルと象の記事が出た時にか、Twitter(当時はまだTwitterだったのだっけ?)で見た「文豪たちがみくのしんくんに読んで欲しくて枕元に行列を作っていますよ」という趣旨のツイートが忘れられないからだと思う。 わたしは文豪でもなけりゃ関係者でもないのだが、ナイーブな人々がみくのしんから熱くハグされているのを見ると、どうしても、よかったねえと親戚のおばさんのような気持ちになってしまうんである。 みくのしんくんは私の目の前にはいないし、文豪たちの目の前にもいなくて、ただかまどくんの真向かいに座って本を読んでいるだけなのに。 - 2025年3月23日
プロジェクト・ヘイル・メアリー 上アンディ・ウィアー,小野田和子読んでる読み始めた数年前に買って先週くらいから読み始めた。骨太のSFと思っていたけど読み味が思ったよりも軽くて驚いている。翻訳の問題かもしれないけど文体の隙間の感じ(描写がシンプルで抒情的でない感じ)がわりとライトノベル的である。 これから重たくなるのかもしれない。読み始めたばかりだから。 インターネットでわりと三体とプロジェクトヘイルメアリーを並列して語っている感想を目にしたのだけど、両方読み途中の身からするとあまりにもカテゴリとして別のものすぎて二つの物語を並列するのは無理がないかと若干思った。 途中経過 三分の一過ぎた頃から猛烈に引き込まれるようになってきた 翻訳特有の「ワオ!」みたいなノリがあって、イメージ的には登場人物のリアクションはハリーポッターのやつに近いふうに感じた。 - 2025年3月23日
完全版 ぼくらの(1)鬼頭莫宏読み終わったヴィレバンにずっと飾ってある本・鬱・胸糞という評判(悪名?)しか知らなかったが、物語の全編を通してかなり生きるということとその意味について真摯に向き合っていてよかった。登場人物(もしくは作者)の観ている世界というのは基本的に美しくて、命というのは光なのであるという通念が伝わってくる。 子供たちが突然に自分の死を突きつけられた時に出す答えがちゃんと人数分あったのがよかったと思う。一人一人抱えている事情や思想によって生き死にや自己犠牲に対して見出す答えが違う(見出せない人もいる)し、自分ができる手段と時によって違うというのが、生き死にに対してむしろ誠実でいいなと思った。 むしろそういう部分について、生々しさや汚さや痛さから来るえぐみを求める人には肝心な核の部分をぬかれた上澄だけの物語に感じて物足りないのかもしれないので、この物語を説明するにおいて「鬱」「胸糞」と言ってしまうのはなんかお互いにとってあまり幸福なことではないような気がする。 わたしはとても好きでした。 三回くらい全部読みましたが、また読みたいです。 追記 あと少し思ったのが、物語上において家族間にある無条件の愛情への信頼が強いなと思いました。 母は当然子を愛し、子はきょうだいを愛し、コミュニケーションがうまく行かなくても最終的に「家族は家族を愛する」という倫理観が通底しているように感じます。そこはかなりフィクション味を強く感じるくらい絶対に揺るがない世界の論理なんだろうなと思いました。 これが作者の哲学なのかどうかは他の作品などを読んでいないのでわかりませんが、この作品を読む限りでは作者が「家族や親子の繋がりや愛情は揺るぎないものである」と考えているように感じました。 - 2025年3月6日
統合失調症の一族ロバート・コルカー,柴田裕之読んでる読むとすごい気落ちするので気力がある時にじわじわ読んでいる、興味深いがなぜか落ち込む わたしが10年来精神科に通っている現役の患者だから、作中の一昔前の病院でロボトミー手術などで"治される"人々と自分を重ね合わせて参ってしまうのかな
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