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阿雁燈
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@sk88p
中肉、中背、中年、中規模自治体公務員。アイコンは息子(スーパーかわいい)の後ろ姿。ヘッダは東京タワー展望台から撮影した奇跡的にきれいな夕暮れの富士山
  • 2026年4月9日
    家裁調査官、こころの森を歩く---離婚、親権、面会交流、そして少年非行
    家庭裁判所は近くて遠い。家事事件や少年事件それぞれ特有の難しさがあることがよく分かる。
  • 2026年4月9日
    負けヒロインが多すぎる!(8.5)
    負けヒロインが多すぎる!(8.5)
  • 2026年4月9日
    地面師vs.地面師 詐欺師たちの騙し合い
    地面師同士が騙し合い、ある者は塀の中に、ある者は行方をくらませる。この本に登場する全員が嘘を付いているのではないかと疑心暗鬼になる。どいつもこいつもやばい奴らである。
  • 2026年4月8日
    いまの科学でいちばん正しい 子どもの読書 読み方、ハマらせ方
    どこかで読んだり聞いたりしたようなメソッドについて、誰がどの論文で主張しているのかがまとめられているもので、書いてあることに意外性はないが堅実な仕事である。
  • 2026年4月5日
    たとえば「自由」はリバティか: 西洋の基礎概念とその翻訳語をめぐる6つの講義
    政治・政治学にとって重要な6つの概念がいかに日本語に取り入れられ、定着し、そして他言語とどうその語が表す概念が異なるのかを極めて膨大な用例から明らかにする。著者は東大で教鞭を取っていたとき、ラジカセから「日本の通奏低音」を流していたという本当かどうか分からない逸話があるのだが、まあそういうこともありそうだと思わせる筆致で、著者の博覧強記ぶりがうかがわれる。
  • 2026年3月31日
    哲学な日々 考えさせない時代に抗して
    哲学とはどのような営みであり、その営みに身を置く著者が日頃何を考えているのかの一端を垣間見ることができる。前半の新聞連載部分と後半のバラエティパック的部分とでは、トーンこそ同じものの、後半部の方がよりトピックを深く掘り下げており、とりわけ2つの文庫本解説は、その文庫本に付加価値を与える出色の読み物である。 ところで僕は野矢茂樹『無限論の教室』をたしか高校生の時に読み、強く感銘を受けて、同書がその後の人生のターニングポイントになったと言っても過言ではないと思っている。同書を普及しようと知人に中ば無理矢理貸し付けて、返却されなくてもまた買い求めるくらい良い本なので、ぜひ多くの人の目に触れてほしいのだが、なぜそこまで良い本だと思うのかというと、本書で展開されている、哲学とはモヤモヤしたものを心の中に飼い続けることであるという姿勢がそのまま反映されているからなのではないかと、本書を読みながら思った。
  • 2026年3月24日
    消費税と政治
    消費税と政治
    2026年最初の課題図書。 財政再建は重要な政治的争点であり、その方途の一つは税収増である。本書は、高度経済成長以後の日本政治において、なぜ不人気政策である消費税導入に成功し、消費税増税が可能となったのかという問いについて、豊富な文献資料から実証的に解明することを試みる。 問いに対する本書の結論は、343ページに要領よくまとめられているので引用する。 このように日本で財政再建政策がとられる場合、政治的影響力の増大・維持を図る政治家が、政治的な思惑から財政再建や消費税増税を唱えることが多く、財政再建の客観的必要性や、(一部の政治家を除いて)財政再建への強い理念によるものではなかった。こうした政治的思惑こそが、公共選択論の予測を裏切り、短期的には財政破綻の見込みが小さい日本で、財政再建が政治課題となることを可能にしてきたのである。(上川、2025: 343) その上で本書は、今後、ポピュリスティックな財政再建策が挫折し、世論が財政再建の必要性を強く認識したとき、消費税増税が進むであろうと予測をする。この予測は、大蔵省・財務省が採り続けてきたシナリオに近く、あまり新規性はないように思えるが、だからこそ現実味がある。財政ポピュリズムが広がる今こそ、読まれるべき好著である。 余話だが、いちいち通好みなエピソードをぶち込んでくるのが著者の上川氏らしさを感じた。とりあえず個人的に最高な2箇所を引用する。 まずは税調のドン、山中貞則に関するもの。 山中は、政府税調の最終答申を受けて十月三十日から始められた自民党税調の総会で、「政府税調を軽視するつもりは決してない。無視するだけだ」と発言する。これに中曾根がクレームをつけようとすると、「首相には口をはさむ能力はない。まだ懲りないのか、このおしゃべり野郎」と言い放ち、最終結論を出すのは党税調であると強調した。(上川、2025: 103-104) 次に安倍晋三と財務省のバトルについて。 安倍は、「たかが一官僚のくせにあり得ないだろ。それとも、香川は、オレに政局を仕掛けているのか」と述べるなど、政界、経済界、メディア、有識者から創価学会にまで根回しを行った財務省への不信感をますます強めた。(上川、2025: 314)
  • 2026年3月21日
    TRILLIONS(トリリオンズ)
    TRILLIONS(トリリオンズ)
    夜寝る前を中心に半年くらいかけて読んだ。 一角にNISAでオルカンを毎月積み立てているわけだが、基本的には上がり続けているのが不思議で仕方なかったから読み始めた。ジャック・ボーグルをはじめとするレジェンドや経済学PhDホルダーたちがインデックスファンドの理論的基礎を与えた様子はエキサイティングである。結局、オルカンが上がり続ける謎の答えは分からなかったのだが(どこかにヒントはあったのかもしれないが、そもそも、そういったことを説明することを目的とした本ではないのだから当然ではある。)、ここまでインデックスファンドがマーケットで影響力を持つようになったこと、そしてその影響力の大きさゆえに強大なインデックスファンドの存在自体が世界経済に対するリスクなのではないかという指摘があることは勉強になった。
  • 2026年3月18日
    ドラフトキング 24
    ドラフトキング 24
  • 2026年3月16日
    逃げ上手の若君 24
  • 2026年3月14日
    アメリカと私 (講談社文芸文庫)
    個人的には文学でプリンストンといえば村上春樹の存在が真っ先に思い出されるのだが、村上春樹がプリンストンに赴く四半世紀以上前の当地の様子やアメリカ社会、あるいはアメリカで日本文学の研究をすることの意味についての裏表のない批評である。ケネディ暗殺時、一種の昂奮状態に陥りつつ、少し時間が経つと冷ややかな目線でアメリカの人々がケネディのことを見ていたことが分かってくるというのは、アメリカにいながらにして、アメリカのコミュニティの外に軸足を置く立場からしか見えない観察だろう。 村上春樹は、そのバックグランドや読書経験からして、わりと素朴にプリンストンでのアメリカンな生活を楽しんでいたように見えるのだが、江藤淳は少し斜に構えながらプリンストンに溶け込もうとし、実際に溶け込んだのでないか。時代が違うといえばそうなのだが、なかなか対比的で面白い。
  • 2026年3月13日
    予備校盛衰史 NHK出版新書
    本書は「予備校文化」の形成と退潮を基本的には人を単位としてミクロベースで語る。個々のエピソードはそれぞれ面白い。その一方で、著者が指摘する予備校文化の衰退が、(最近再び話題になった竹内洋が言うような)教養主義のマクロでの衰退と重なるにもかかわらず、あまりその点についての言及はない。
  • 2026年3月4日
    煙か土か食い物 (講談社文庫)
    舞城王太郎は、短篇ばかり読んでいたので、長編も読もうと思って手に取った。 モテまくる主人公、天才的な頭脳を持つ主人公とその兄たち、めちゃくちゃな暴力描写、異様に遅い時間経過とどこまでも漫画的なクライムサスペンスだが、最後の一つ手前で家族再生の物語となり、最後の最後に謎が解かれ、そして解かれない謎が残されるミステリとして終わる。 怒涛の展開で引き込まれる。
  • 2026年3月1日
    バーナード嬢曰く。 (8)
  • 2026年2月27日
    ありす、宇宙までも(6)
  • 2026年2月24日
    売国機関 9
    売国機関 9
  • 2026年2月21日
    本を読めなくなった人たち
    少し前までは教養や知性の源泉として本を読むべきだと強く思っていたのだが、最近は本書でも紹介されているように、本を読むこと自体にそれほど価値を認める必要はそれほどないのではないかと思うようになってきた。本を読みたい人、買いたい人は、それぞれが本を読み、買えばよい。あんまり上から本を読むべきだと構えるよりも、いま本を読まない人もいつかは読むようになるかもしれないね、読むようにならないかもしれないけど、と思っておくことが逆説的に本の、特に紙の本の命を長らえさせるのかもしれない。少なくとも僕は今後も世に出る本を勝手に読み続ける。
  • 2026年2月20日
    だんドーン(10)
  • 2026年2月18日
    ネット右翼になった父 (講談社現代新書)
    『ネット右翼になった父』と題されているが、『父がネット右翼になったと思ったが、その原因を探っていくとネット右翼になったというのは息子の勘違いでした』というラノベっぽいタイトルに変えたほうがよい。一応の結論としては、父がネット右翼っぽく見えたのは、逆張りを好むそのパーソナリティと、老化による新しい情報を適切に処理する能力の低下に加えて、息子の思い込みや確証バイアスが強く作用していたということが原因だったようである。 読み進めるにつれ、父が実はネット右翼ではなく、それは息子の思い込みによるものだったということが示された後、途中からは息子たる著者の内省と家族との和解が良い話のように書かれているのだが、正直なところ、自分は何を読まされているのか、という気分になった。また、分析めいたことを縷々、主張する訳だが、ネット右翼っぽいと思っていた父は実は違って、著者の強い思い込みに囚われてそう見えていただけだったというなら、本書で著者がネット右翼認定している人たちも実は違って、全て著者の勘違いという可能性を、そんなことは、ほぼないにせよ否定できないから、この立論はかなり危ういと思った。 そして何より、ネット右翼的な言動に義憤を募らせるのは勝手にすればよいが、そういった言動を頭ごなしに否定していくスタイルは極めて狭量だし、著者がいう分断は義憤に駆られて相手の考えを受け止められない著者の側が作り出しているという他ない。
  • 2026年2月15日
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