現代思想(2025 12(vol.53-)

11件の記録
okabe@m_okabe2025年12月18日読んでる李善姫「不可視の隣人」 結婚移住女性が公的システムの中で不可視化される時、頼れる先は日本の家族しかない。しかし、家族の理解が不十分であれば、移住女性は日本への同化を強いられ、文化とジェンダーの両面で多様性は失われてしまう。 小坂田裕子「アイヌへのレイシズムに潜む「権利と文化二分論」」 排外主義を考える時、それは外国人だけを対象にしたものではないことに気付かされた。アイヌと琉球にも独自の歴史、文化、アイデンティティがある。自分には教科書程度の知識しかなく、これから勉強しなければいけないと思った。
okabe@m_okabe2025年12月16日読んでる渡邉悟史「排外主義と外来種」 移民受け入れへの賛否と、外来種駆除への賛否の関係性についての調査があるなんて。外国人を外来種に例えた声優、好きな声優だったのでショック。 遠藤正敬「「籍」と「血」の観念」 戸籍は限りなくイコール国籍であり、日本人と外国人とを区別する。戸籍制度を廃止する国が多い中で、日本が戸籍に拘ることの根底には、排外主義的な思想があるのか?
okabe@m_okabe2025年12月15日読んでる小ヶ谷千穂「「排外主義」をめぐる堂々巡り」 今の若者の感覚は、上の世代と比べて、まともだと信じている。一昔前よりも、外国人も障がい者も身近にいて、普通に接している。あとは、まともな投票が増えれば、社会はきっと良くなる。 中條千晴「境界を奏でる」 いつの時代も、音楽は社会に対するカウンターであり続けている。人種も国籍もセクシュアリティも超えて、息を合わせられる自由と、合わせないでいられる自由。その自由を守るための場の重要性。
okabe@m_okabe2025年12月10日読んでる川久保文紀「トランプの壁と排外主義」 壁は、物理的な意味を超え、秩序ある国境のイメージを作るらしい。でも、マジョリティとマイノリティが混然一体となって共生している、そんな無秩序な秩序のある世界になってほしい。 五十嵐彰「極右政党はなぜ支持され、社会に何をもたらすのか」 政治家には、自身の言動ひとつひとつがメッセージ性を持ち、国民に影響を与えるという自覚を持ってもらいたい。差別的な意図はない、では済まされない。 奏正樹「排外主義とメディア信頼」 SNSはデマに溢れているが、かと言って伝統的メディアの信頼回復も難しいというか、新聞取らないテレビも見ない人が増えているのだから、そもそも信頼も何もないというか。
okabe@m_okabe2025年12月9日読んでる山崎望「右派ポピュリズムが問いかけるもの」 排外主義は、ポピュリズムとも民主主義とも結合しやすい。そう考えると、右派ポピュリズムが台頭する為の基盤は、時間をかけて着々と作られてきたとも考えられる。今、外国人排斥を許すことは、ひいては、あらゆるマイノリティの排斥を許すことになってしまうのでは。
okabe@m_okabe2025年12月7日読んでる三浦尚子「ヘイトスケープの増殖と「川口のクルド人」の現在地」 盗撮とSNSへの投稿、ヘイトデモ、参院選前の街頭演説。時系列で見てみると、排斥運動の規模が大きくなっていく様がよくわかる。ヘイトスケープ、嫌な言葉だ。


okabe@m_okabe2025年12月4日読んでる鈴木江理子「高まる外国人の「処分可能性」」 紛争や戦争によって故郷を追われる人がいる。日本は難民条約に反する法改定をし、少なくない難民申請者を送還しているという。果たして人権とは。 巣内尚子「非人間化と制度的排外主義」 外国人がいなければ国の社会や経済が成り立たないという実情がある。ならば、外国人が安定して働ける環境を整える方がWin-Winではないのか。なぜそうしないのか。単純に疑問。 宮下萌「「外国人」を取り締まる眼差し」 身内や知り合いに警察官が何人かいる。彼らが、差別的な内容の教育や指導を受け、その差別的な価値観を内面化させているかもしれないと思うと悲しい。
okabe@m_okabe2025年12月2日読んでる倉橋耕平、髙谷幸「序列化する社会に抗して」 日本スゴイ言説を排外主義の背景としてして見たことはなかった。しかしなるほど、日本のここがスゴイ!的なテレビ番組は見たことがあるし、逆に、アメリカ人のおバカ映像!的な番組も見たことがある。メディアを通して我々の価値観に序列化が植え付けられ、排外主義に繋がっている可能性はある。

