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okabe
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@m_okabe
  • 2026年4月9日
    無限の玄/風下の朱
    「無限の玄」も「風下の朱」も、ジェンダーを巡って起きてきた/起きている様々を、物語として巧みに昇華させていた。印象的な言葉が数え切れないほど沢山あった。 一つだけ疑問に感じたのは、千尋はなぜ死ななければならなかったのか。「玄さんの手を引いてやれる」というのは分かるのだけど、物語の構成として、なぜ?
  • 2026年4月5日
    日蝕・一月物語
    日蝕・一月物語
    奇書!平野啓一郎、初期はこんな小説を書いていたのか! 芥川賞を受賞した際に「三島由紀夫の再来」と評されたのは有名な話だが、単なる焼き直しではない。「もしも三島がゴシックロマンスを書いたら」「もしも三島がマジックリアリズムを用いたら」みたいな小説で、衝撃的な読書体験だった。
  • 2026年4月3日
    女神 改版
    女神 改版
    依子は周伍が敷いたレールから外れたことによって復讐に燃え、朝子は外れられないことによって後悔する。そして、依子の復讐と朝子の後悔によって周伍自身も苦しむ羽目になる。 男性の価値観を女性に植え付けることは、ある種の有害な男性性であるし、それは結局誰のことも幸せにしない。
  • 2026年3月30日
    喋る猫はいなくても
    発想や感受性が独特で、そんな著者の頭の中を覗き見ているようで面白い。日常の中でふと感じたことや考えたことを、こんなふうに文章にできたらどれだけ良いだろうと思うけれど、書いている当人は、そんなに楽しくないらしい。 猫=「時限爆弾付きの愛の塊」はまじで真理。
  • 2026年3月29日
    痴人の愛改版
    痴人の愛改版
    「僕の可愛いナオミちゃん、僕はお前を愛しているばかりじゃない、ほんとうを云えばお前を崇拝しているのだよ。」(p.46) という具合で譲治さんは終始キモい。非常にキモい。愛は狂気、いや、これを愛と呼ぶのか? しかし私も愛猫を崇拝し、日々言いなりになっているのだから、私も譲治さんでした。
  • 2026年3月26日
    壁とともに生きる
    壁とともに生きる
    『他人の顔』の章を読んだ。 『他人の顔』は、「社会的な自分」を失った主人公が仮面を被ることでそれを取り戻そうとする物語なのだと、頭の中で整理できた。 人間は「自分の思う自分」だけでは存在理由になり得ず、どこまでいっても社会的な存在でしか在り得ないのか。なんだか切ないような。
  • 2026年3月25日
    ラーメンと瞑想
    YouTubeで観た小川公代との対談が面白く、本も読んでみようと思った。動画内や本書の中でも述べられている共同体論について、自分の中ではまだ答えが出ず、もう少し考えたい。 興味深かったのは、『文脈』と『味』について。文脈付けは批評の醍醐味だと思うので、反批評的なことを批評しているのは目から鱗だった。
  • 2026年3月24日
    他人の顔
    他人の顔
    <妻の手紙>に撃ち抜かれた。愛情や怒りや哀しみがごちゃ混ぜになりながらも、主人公の主張をあっさり理路整然と覆してしまう華麗さ。それまでの主人公による長ったらしい内的独白が、全てこの手紙の為の壮大な前振りに思えてくる。手紙を読んだ主人公は果たして「無敵の人」になってしまったのだろうか。
  • 2026年3月19日
    ユリイカ 2026年3月号 特集=眠い -なぜこんなにも眠いのかー
    ユリイカ 2026年3月号 特集=眠い -なぜこんなにも眠いのかー
    みんな眠いし眠くなりたがっている。きっと、覚醒時を生きる現代社会がアッパー過ぎる。明日の生産性を高める為の睡眠ではなく、睡眠それ自体を独立した営みとして充実させたい。 社会にコントロールされず、好きに寝させてほしい。願わくば永遠に。
  • 2026年3月16日
    献灯使
    献灯使
    震災後文学をもう一冊読む。 原発事故に対する問題意識が強く感じられると同時に、ユーモラスな言葉遊びが面白く、リリカルなコンシャスラップを聴く感覚に似ていた。 表題作は全米図書賞翻訳文学部門を受賞しているが、この日本語でしか成し得ない表現の数々がどのように翻訳されているのか気になる。
  • 2026年3月13日
    植物少女
    植物少女
    『私の盲端』同様、生きることの生々しさ感じる。深雪は植物状態だが、美桜や看護師、あっ君との関わりを通して、強烈に「生きている」と感じる。 健常者を基準に作られた社会の中で、非健常者はいないことにされる。著者の作品は、そんないないことにされる人たちの生に光を当ててくれる。
  • 2026年3月11日
    憎しみに抗って
    憎しみに抗って
    人間が属性として可視化される時、個人としては不可視化される。このことは、差別する側には、差別を正当化するための都合の良い口実になるだろう。逆に差別される側には、嫌でも自らのマイノリティ性を強く意識させられるものになるだろう。属性ではなく個人としては尊重される社会を作ることは、「我々全員の仕事」だ。
  • 2026年3月10日
    やがて海へと届く
    震災後文学を読む。 大切な人の死をどう受け入れるか、または受け入れないか。無理に受け入れる必要もないし、受け入れるスピードや受け入れ方もそれぞれでいい。そんなことを考えながら読んだ。 偶数章で描かれているのは、すみれの視点なのか、すみれに寄り添おうとする真奈の視点なのか。
  • 2026年3月6日
    偶然の音楽
    偶然の音楽
    ポッツィとの出会いをきっかけに、序盤から物語は文字通りドライブしていくが、この小説の本当の物語は、ドライブを終えたところから始まる。 自由の為に始めたはずの壁作りだが、いつの間にか壁に自由を奪われている。それどころか壁作りにやりがいを見出し、壁作り自体が目的になる。 なんとも皮肉に満ちた物語だった。
  • 2026年3月6日
    死ぬ瞬間
    死ぬ瞬間
    自分が余命宣告をされたらどう思うだろうか。拒否や怒りといった反応は起こるだろうか。案外、生きる苦しみから解放されることに安堵するかもしれない。 主治医いわく自分は「判断に困る」患者らしいが、もしキューブラー・ロスが自分にインタビューをしたとしたら、彼女はどう分析するだろう。
  • 2026年2月28日
    村上春樹『ねじまき鳥クロニクル』4月
    「デタッチメントからコミットメントへ」という言葉は、『ねじまき鳥クロニクル』を象徴する言葉だと思った。村上春樹の小説は『ねじまき鳥クロニクル』と『女のいない男たち』しか読んだことがないけれど、この言葉をキーワードに他の作品も読んでみたい。
  • 2026年2月27日
    ねじまき鳥クロニクル 第3部
    「僕が鏡の向こう側の自分を見つめていると、鏡の向こう側の僕も同じようにこちら側の僕を無言で見つめかえしていた。」(p.44) トオルは深淵を覗くどころか深淵の中に入って、自分とこの国の暗い歴史に対峙していた。読み終えた今、この国が暗い歴史を繰り返すことを"想像"してしまう。
  • 2026年2月21日
    ねじまき鳥クロニクル 第2部
    第1部で提示された数々の謎が重なったり離れたりして、とにかく掴みどころがないが、その掴みどころのなさが物語の推進力になっている。 この小説でのマジックリアリズム表現は、トオルが現実・他者・自分自身と向き合うことを避けていることのメタファー?トオルは渡辺銀次?
  • 2026年2月17日
    ねじまき鳥クロニクル 第1部
    「少尉殿、この戦争には大義もなんにもありゃしませんぜ。こいつはただの殺しあいです。そして踏みつけられるのは、結局のところ貧しい農民たちです。」(p.311) 苦手というわけでもないのだけど、あまり読まずにいた村上春樹。いざ読み始めると、その文学性とエンタメ性の絶妙なバランスに感服させられる。
  • 2026年2月14日
    E・キューブラー・ロス 『死ぬ瞬間』12月
    5段階モデルは宮地尚子著『トラウマ』でも引用されており、「トラウマ体験を受け止める過程ともかなり重なって」いるという。トラウマとは、心が"死ぬ"ことにもなり得るのだろう。 また、5段階の過程の間も「希望」があることは、ヴィクトール・フランクル著『夜と霧』を連想させる。最期まで希望が絶えないようにすることは、周囲の人間ができるケアのひとつ。
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