吾輩は猫である改版
30件の記録
ゆきんこ@yukinko-042026年7月29日読み終わったずっと読んでたけど全然読み終わらなくて、結局1ヶ月くらいかかってしまった。 全体的にはコメディ調で、とんちの聞いた話が多い。笑った。 吾輩は猫であるが書かれた時代が丁度西洋化が結構進んでいたこともあってか、西洋化への批判も書かれていた。 西洋の思想は日本のこれまでの思想とは正反対だから受け入れ難いっていう意見は、福沢諭吉はじめこの時代のインテリはよく考えていたんだなあと思った。 もう西洋思想にどっぷり染まってしまった今だからこそ、従来の日本の考え方顧みることも大切だし、それを取り入れた方が生きやすくなりそうだ。 それに加えて個性の話もあった。私の考えがちょっと足りてないけど、今の個性ってどうなってるんだろう。この頃は人工知能ができるなんて考えもしないだろうから、ちょっとズレるかも知れないけど、西洋化によって、個々人の在り方も少なからず変わってるよね。かつての日本の人同士のつながり方も良くわかんないからわかんないや。 1番最後の話は心をえぐられた。 『坊っちゃん』を読んだ時も思ったけど、やっぱりチェーホフの『桜の園』みたいに、喜劇の皮を被った悲劇を描く。『吾輩は猫である』の最後も、悲劇といえば悲劇だけど、もしかするとそうではないのかも知れない。『有難い有難い』で終わるんだから。 最後の自殺の話。結局最後は自殺に帰結する。私もそう思う。夏目漱石も、こんな後ろ暗い考えを持っていたのは、ちょっと意外だった。いや、『こころ』とかもそうか、暗いか。でも、イメージ的に、国民的な文学者だから、なんとなく。 その考えの先を描いた作品はあるのだろうか。 私も、その考えに至ってからずっとその先を見出せないでいる。 私にとって、その考えは真理でしかなかった。でも、人の文章でそれを観ると、悲しくなった。 猫ちゃん死んじゃったから、それも悲しくて、うちの猫に顔を埋めて匂いを嗅いだ。 本人にとっては救済でも、はたから見れば悲しい。 はたから見れば喜劇的でも、本質は悲しい。 ぐちゃぐちゃで、よくわからない。 私は、まだ人生経験が浅いから、これからずっと考えていくことなのかも知れない。
とーか@toka_092026年6月2日読み終わった1年とすこしかけて読み終えた。 一冊の本にたくさんの考えが詰め込まれていて、それを独自の言葉で表現していてとても読んでいて楽しかった。 迷亭、寒月、東風くんなどの会話は哲学的かつ面白みがあって、新たな発見がたくさんあった。 首懸けの木の話だとか、温泉の話だとか、「よろしくお茶でも上がれ」の手紙だとか、コロンバスのことだとかは本当に面白くて、読んでいて笑ってしまうこともあった。 夏になって、秋になって その季節を表現する語も素敵だった。 次は「こころ」を読みたい。

ヨル@yoru_no_hon2025年3月9日友人たちと『こころ』の感想を言い合ったあと、続きを読もうと思って開いたら、2話の途中まで読んでいることを気がつく。ああ、だから、「吾輩は新年来多少有名になったので~…」と書いてあったのかと言うことに気がつく。一旦中断して『坊ちゃん』へいくことにする。










ヨル@yoru_no_hon2025年3月5日読んでる読書日記雑煮に興味を持った吾輩が、台所にあった主人の残した雑煮を食べようとする場面がすきだ。ユーモアがあっておもしろい。 うちの愛猫は基本専用のご飯・おやつしか食べずお行儀もいい方だが、甘いものには興味があるらしく、特に味噌ダレや甘酒など匂いがありとろっとしたものがあると、前足でちょんちょんと触って舐めたりする。完全に身体にわるいのですぐ取り上げるのだが、その動きがなんとも愛らしく、おそるおそる前足で触ろうとする動きは、気づいていても取り上げずに見ていたくなるような、挙動不審なおもしろかわいい動きなのである。 とはいえ、吾輩の餅が歯にくっつく事件は、もうパニック状態だよな?!!!かわいそうだから誰か早くとったげて!!!!!となったし、普段からもっと吾輩に優しくしてあげてよ!!と少しぷりぷりした気持ちにながら読み進めている。 寝かしつけ後の息子の布団の中で読んでいる。




































