猛スピードで母は

猛スピードで母は
猛スピードで母は
長嶋有
文藝春秋
2002年2月14日
5件の記録
  • blue-red
    blue-red
    @blue-red
    2026年7月19日
    読後感の清々しい小説。収録作2作とも、主人公格の大人の女性たちが、大人っぽい大人で、人生は所々上手く行ってなくても粛々とサバサバと事を進めていくさまが読んでて気持ち良い。悩み役は語り手の子供が勤め、一見サバサバとして物事を進めているような大人たちの心の機微を、子供から見た視点ですくい上げる筆致がすばらしい。 装画が奇天烈な感じで誰かなと思ったら佐野洋子だった。佐野洋子の単車にまたがる作者近影写真を思い出した。そんな感じのいい感じの大人味が本小説にはある。 そんな感じで好きなタイプの小説のはずだが、なんだか引っかかりが頭に残っちゃった。両作とも語り手・受け手である子供が思春期前ぐらいの年齢の設定で、自己主張が皆無なわけだけど、なんかそれってズルくない? 大人たちの色々をつべこべ言わずに・かき乱さずに受け止める存在として登場させているような都合良さというか。作者の長嶋有がズルいとかそういう話ではなく、一応は大人の一部である自分が、こういう登場人物構成の物語を気持ち良く味わうことの居心地の悪さみたいなものかな。
  • マヤ
    マヤ
    @mayamayamaya
    2026年5月17日
    おもしろかった。「サイドカーに犬」も好きだった。
  • 低田
    低田
    @sverchong
    2026年5月1日
    デイリーポータルzの作者に自分の小説を使った入試試験解かせる企画から。小池陽慈「スマホ片手に文学入門」参考にした読み方したからめちゃくちゃ閊えた。 「サイドカーに犬」の方が映像として鮮明に浮かび上がってきたので表題より好き。「サイドカーに犬」でノーパン喫茶ってそんなものがあるわけない、きっとメニューに軽食が無い(パンなどが無い=ノーパン)喫茶店だと思っていたらまさかの字義通りで驚いた。最後の「そろそろ」は死期や老いを悟ることかと思ったけど違うの? 表題は近付くと自動で水が流れる男子トイレがシンメトリーならいいのに、のところでコナン映画の森谷帝二がモデルで森谷「帝」二だけに権力者気分(トイレが家臣の象徴で居並ぶ中をゆっくり通り過ぎる)の描写だと思ってる。興奮をわざわざ「亢奮」と書く理由は亢がのどの意味なので興奮と書くよりもより人体の状態に相応しいと考えたから?リコーダーって前出してるのに合奏会の時は縦笛って書いてる理由は人口減少が進む市にしては立派すぎる公民館での合奏ということでそれに合わせ古めかしい硬めの表現にしたから?だろうか。
  • renbo
    renbo
    @renbo
    2010年12月7日
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